ブログ:シリーズ・日本の象牙市場閉鎖 第5回:国内象牙市場閉鎖に向けて検討されるべき日本の課題

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近い将来、日本が国内象牙市場閉鎖を決断せざるを得なくなった際、具体的な閉鎖に当たってどのような課題があるのか考えておく必要がある。
決議にいう国内の合法的象牙市場の閉鎖とは、「何らかの品目に関する狭い例外」を除き、全ての象牙の国内取引(譲渡し等および販売目的陳列・広告)を禁止することを意味する。象牙を所持することの禁止ないし規制までは求められておらず、その実施の是非は各国の判断にゆだねられていると解される。これを前提に、課題を3つあげる。

■すべての象牙の国内取引禁止にスタートラインを引き、「何らかの品目に関する狭い例外」を一から積み上げていくアプローチをとること
一つ目の課題は、すべての象牙の国内取引禁止にスタートラインを引き、「何らかの品目に関する狭い例外」を一から積み上げていくアプローチをとることである。
現在の日本市場においては、国際取引禁止の発効(アフリカゾウ:1990年1月18日、アジアゾウ:1980年11月4日)以前に輸入又は国内で取得された象牙が広く合法的に取引されている。その取引を規律しているのが「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(以下「種の保存法」という。)であるが、禁止されるのは、全形が保持された牙を、その登録を受けずにする取引と、それ以外の象牙(分割された牙や製品)を取り扱う事業者が(非事業者は対象外)、事業者登録をせずにする、それらの象牙取引のみである。このように禁止の対象が極めて狭くなってしまっている理由は、種の保存法とそれを施行するための政令が、象牙の取引を原則的に禁止しつつ、極めて広範な例外を定め、原則と例外とを実質的に逆転させてしまっていることにある。したがって、閉鎖の実行に当たっては、現行の広範な例外を排除して、いったんは原則禁止に立ち返り、そのうえで、「狭い例外」を一から積み上げるアプローチがとられるべきである。

■「何らかの品目に関する狭い例外」の設定
二つ目の課題は、何を「何らかの品目に関する狭い例外」とするかである。
この点、基本的に2つの観点から検討を行うことが必要である。その第1は、市場閉鎖決議が明示するとおり、特定の品目の「狭い例外」への設定が「密猟または違法取引の一因」にならないようにすることである。頻繁に違法取引される形態の象牙は、合法市場を隠れ蓑にして合法品の流通に紛れ込みやすいため、「狭い例外」に設定してはならない。この観点からは、まず、未加工象牙を中心とする製造用原材料として使用されうる象牙の取引を、特に厳格に禁止する必要がある。世界各地で押収されている違法取引象牙を重量で見ると、圧倒的に未加工象牙だからである。しかも、新たな製品製造を前提とした象牙の取引は、違法に取得された象牙の需要を新たに刺激するおそれが強い。次に、象牙製品の中で違法取引の定番となっているものとしては、例えばハンコがある。象牙の国際取引禁止前の世界最大の輸入国・日本の象牙需要が主にハンコにあった影響であろうが、現在でも、ハンコまたは半加工の印材が世界各地で押収されている。ハンコを「狭い例外」とすることは論外である。第2の観点は、日本における象牙利用の歴史的経過と今日の国民生活における必要性からみた存在意義である。最古の象牙製品は奈良県の正倉院御物の中に見ることができるが、これは唐時代の中国での作であることが確認されている。日本国内での象牙加工の開始は16世紀まで待たねばならず、鎖国を経て17世紀から限定的に輸入が再開されると、一部の富裕層に限ってではあるが、根付、櫛、簪、茶壺の蓋などの加工材料として象牙の需要がやや拡大した。小さいながらも象牙加工が産業化したのは意外と遅く、19世紀の終わり(明治時代)のことである。1867年のパリ万国博覧会で展示された象牙の根付が西洋人の好評を博し、明治政府もその販売促進に関心を寄せ、未加工象牙の輸入量は拡大していく。日本の象牙産業は、日本人の伝統的な生活とはかけ離れた外貨獲得のための輸出商品製造業として発展したのである。この頃、未加工象牙の輸入量は拡大し、アジアからの輸入だけでは不足、アフリカから象牙が調達されるようになる。輸入量が増えると、内需の開拓も積極的に行われる。従来は象牙の使用が限定的であった琴や三味線等の邦楽器部品にも多用されるようになり、これまでは他の素材で作られていた様々な日用品等へも象牙が使用されるようになった。しかし、日本国内の象牙需要に圧倒的な変化を生じさせたのは1960年代から1970年代にかけての象牙印の大衆化であり、1972年には未加工象牙の輸入量がその前年(その量は戦前の最高値に近い)の2倍にまで激増した。現在の日本市場には、全形が保持された牙、分割された牙、そして製品は骨董を含む多様な古物(中古品)、新品を問わず、工芸品、アクセサリー、各種日用品等が、現実市場とオンライン市場の双方にわたって大量に流通する。もっとも主要な象牙製品として日々新たに生産されているのは(現在、未加工象牙の8割を消費)、単なる日用品であり、多彩な素材にも事欠かないハンコである。
以上の点を踏まえて日本における象牙利用の歴史的経過や現在の国民生活における必要性を検討し、どのような品目をあえて「狭い例外」に設定すべきかを慎重に考える必要があるが、概要次のような「狭い例外」の設定を考えることができる。①製造用原材料としての象牙については、それがもっとも違法取引の温床となりやすいという理由から極めて厳格に考える必要がある。商業目的の取引については、基本的に骨董に該当する一定の芸術的価値を有する美術品(国内取引禁止を実施している諸国においては、骨董は禁止施行前100年以前のものとされる例が多くみられる)の修復目的で取引されるものに限られるべきである。ただし、一定の楽器部品・付属品の修復目的、場合によっては製造目的についても、ある程度の経過措置を設け、その間は取引を認める余地がある。三味線の撥等の製造には、特に絶滅のおそれの高い、熱帯林に生息するアフリカゾウ(マルミミゾウ)の大型の牙が必要とされることからいっても、いずれはフェーズアウトしなければならないものであるが、現行世代の奏者の使用に対する一定の配慮は必要であろう。なお、これら「狭い例外」とする製造用原材料としての象牙の取引は、とりわけ厳格な管理を必要とするから、種の保存法が定める環境大臣許可の対象とすべきである。②象牙製品として「狭い例外」とすべきものとしては、まず骨董があげられる。また、一定の楽器部品・付属品も、フェーズアウトまでの一定の経過措置期間は、取引を認めるべきであろう。これら「狭い例外とする」象牙製品の取引には、現在全形牙に適用されている登録制度を改良のうえ適用し、個々の製品のトレーサビリティー管理が行われるべきである。
なお、既に所持している象牙ないし象牙製品を自己使用し続けること自体は許されるべきである(次に述べる製造用原材料として使用されうる象牙以外のもの(製品)を所持するだけの場合であっても、何らかの管理措置を講じるかどうかは、今後の検討課題ではある)。

■製造用原材料として使用されうる一定サイズ以上の象牙の流出を監視するための措置
三つ目の課題は、取引を禁止された製造用原材料として使用されうる一定サイズ以上の象牙の流出を監視するための措置を確保することである。
日本市場では、そのような象牙が既に合法化され、大量に在庫されている。その量は、登録済み全形牙が約181トン(2019年6月末時点)、登録事業者が保有する分割された牙が約69トン(2017年3月時点)であり、その他、非登録事業者を含めて保有される一定サイズ以上の象牙の実態は不明である。これらの取引は、既に述べた「狭い例外」に該当しない限り、全面的に禁止されることになるが、権利者による占有は継続するため、その流出監視が課題となる。主務官庁による検査権限を含む新たな届出制度の創設が求められよう。

■最後に
国内で象牙利用に関わる民間事業者のうち、確信的に象牙市場の維持を訴えているのは、もはや象牙印製造を中心とする象牙製造業者らのギルドだけとなった。そのような現状においても、産業の保護と振興を図る経済産業省およびその産業政策に野生生物保護政策を自らすり合わせることに腐心する環境省は、国内象牙市場の維持・振興と将来的な象牙輸入の再開をワシントン条約における最重要の政策課題に据え続け、国際社会の中で孤立を深めている。少なくともこの問題に関する限り、日本は「政策形成最貧国」と呼ばれてもおかしくないと言えるが、この不合理な政策形成の経過の詳細を論じるのは別の機会に譲りたい。  
次回のCoP19までには、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催される。1000万人とも予測される訪日客の一部が、「かわいい」象牙の工芸品やハンコを白昼堂々と買い求め、それを持ち帰った母国で押収されるという事件が現在よりも増えるかもしれない。日本の風俗習慣も改めて世界の注目を集めるであろうが、ハンコ=象牙と誤解され、「ハンコ文化」にマイナスイメージがもたれるかもしれない。歌舞伎その他の邦楽演奏に携わる関係者の中には、日本が象牙取引について世界から孤立し批判を受けているという状況下では、国際化する聴衆の前で胸をはって演奏しにくいと思う人が増えるかもしれない。ゾウの犠牲と引き換えに、いったい誰のために時代錯誤の政策に固執しているのか。日本政府は、見苦しい抵抗の末に外圧に屈するのではなく、自らの手で緊急に政策を改め、市場閉鎖に際して直面する諸課題に具体的に着手していかなければならない。
(坂元雅行 トラ・ゾウ保護基金事務局長)

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