ブログ:「増え過ぎているゾウ」を検証する

551 545 Japan Tiger Elephant Organization

 「ゾウが増え過ぎているために、地域住民が農作物被害や人身被害を受けている。」

 これは、ゾウが生息する国なら(ゾウを「野生動物」と一般化すれば世界中どこでも)耳にする話ですが、ここ数年、南部アフリカのボツワナ政府関係者によるアグレッシブな発言が話題になっています。

 今年(2024年)4月、ボツワナの大統領が、2万頭のゾウを送りつけるとドイツを脅したと報じられました。この荒唐無稽な発言は、今年初めにドイツの環境大臣が、ハンティングによって得られたトロフィー(ハンティングされた動物の剥製や象牙等の身体部分を記念品とするもの)の輸入を厳しく制限すべきだと提案したことへのけん制だったようです。大統領は、このような措置は我が国の人民を貧困化させるものだ、ドイツ人は(彼らが)我々に言って聞かせるようなやり方で(注:ゾウを生かし、自由にふるまわせておくという意味でしょう)、送りつけたゾウと一緒に暮らしてみればよい、と述べたということです。ボツワナは、2014年に禁止したトロフィー・ハンティングを2019年に再開しており、ドイツは、EU圏内最大のアフリカからのゾウのハンティング・トロフィー輸入国でした。裕福な欧米人の顧客が落とすお金が保全活動や地域住民に還元されているのだから、それを政府が妨害することは許されないという言い分です。3月には、同様の文脈で、ボツワナの環境大臣が英国に対してゾウを1万頭送りつけると発言していました[1]

 8月には、ナミビアが83頭のゾウを含む723頭の野生動物を間引きすると発表しました。ナミビア政府によれば、現在南部アフリカが見舞われている厳しい干ばつ下にあって、人と野生動物の間のコンフリクト(衝突)が激化すると予想されるため、従来コンフリクトの多い区域で間引きを行うとしています。殺された動物の肉は地域住民に配給されるということです[2]。9月には、ジンバブエがナミビアと同様の理由で、40年ぶりに間引きを再開すると発表しました。環境大臣はさらに、ジンバブエには、必要以上のゾウがいる、現在のゾウの数は、森が維持できる以上の数であると述べています[3]

 人と野生動物とのコンフリクト(衝突)は、人間側には農作物被害や人身被害をもたらし、野生動物側には報復目的あるいは被害抑止目的での殺傷をもたらします。コンフリクトが具現化した際の野生動物個体群の状況(個体数、生息域内における出現場所の変化など)がどうあれ、その根本原因は人間活動による直接または間接的な生息環境のかく乱にあることがほとんどです。人間社会が、野生動物との共存によってその保全を図ることを大義として掲げる以上は、その個体群を消滅させる以外の方法で、コンフリクトを双方にとって許容可能な範囲にまで緩和しなければならないことになります。この課題を、ゾウの保全のためになさねばならない重点事項の一つに数えることには、ほぼ異論はないでしょう。トラ・ゾウ保護基金(JTEF)も、増加する人口と、拡大する農村およびインフラ開発に圧迫されるアジアゾウの生息域で、インドのパートナーとともに、地域住民および地域の行政機関とのパートナーシップを通じてコンフリクト緩和のプログラムを支援しています[4]

JTEFは、インドアッサム州カルビ・アングロン自治県で、ゾウによる人身被害と稲作被害に悩む農村で、住民が自治的に電気柵を管理する体制づくりなどの支援を行った(2010~2016年)。

 ただし、アフリカのゾウに関して、政府、ハンティング業界その他ハンティング・ビジネスによって恩恵を受けている各種団体によって、「増え過ぎ」を前提としたコンフリクトが語られるとき、特別な注意をもってその意味を考える必要があります。そこで意図されていることが、本題であるはずのコンフリクト問題への対処とは別のところにある場合が少なくないからです。意図されていることというのは、主にハンティング産業の振興、それによって得られる利権、または象牙取引によって得られる利権の獲得です。「増え過ぎたためコンフリクトを引き起こしている」というキャッチコピーは、「自らを売ってペイするものが生き残ることができる」(野生動物は売られ、お金にされてはじめて、その一部が保全のために再投資され、保全が持続可能になるという意味)という、南部アフリカ式サステイナブル・ユースのコンセプトを推進するために利用されてきました。すなわち、「増え過ぎてコンフリクトを引き起こしているゾウは、商業的に利用しなければならない」というプロパガンダ(虚偽の事実や論争されている事柄の一側面だけを示して、政治的意図を達成しようとする考え方や発言)が作り上げられ、南部アフリカ諸国政府と、(自国の象牙産業保護のために)それに相乗りする日本政府の象牙取引再開政策[5]の旗印とされてきたのです。

 今回のボツワナ政府関係者による一連の発言は、トロフィー・ハンティング継続に対する障害を取り除くことを直接の目的としていますが、加えて、ワシントン条約における将来的な象牙取引再開に向け、ゾウの商業利用を推進する姿勢を強く示す意図もあったと推測されます。というのも、象牙取引問題を中心にアフリカのゾウ生息国間で対話を行うための会議が近く開催され、取引再開に反対する西アフリカ諸国、中央アフリカおよび東アフリカの多くの国と議論を交わすことになっていたからです。その結果は、会議のスポンサーでもあるEUや米国が注視するところでもあります。ナミビアとジンバブエによる間引き計画の発表も、この会議が9月23~26日にボツワナで開催されることに決定され[6]、その日程が迫る中での出来事であっただけに、(純粋に干ばつ対策というだけでない)同様の意図が透けて見えます。

 「増え過ぎてコンフリクトを引き起こしているゾウは、商業的に利用しなければならない」というプロパガンダの大元にある南部アフリカ式サステイナブル・ユースのコンセプトは、特に象牙取引との関係で、アフリカのゾウの保全に大きな影響を与えてきました。その全体的な検証は、別の機会に譲りたいと思います。

 今回ご紹介するのは、アンゴラ、ボツワナ、ナミビア、ザンビア、ジンバブエの5か国をまたぐカバンゴ・ザンベジ(KAZA)国際保全エリア(約520,000㎢の面積は、日本の国土の1.3倍以上に及ぶ)におけるアフリカサバンナゾウLoxodonta africanaの個体数の動向に関する最新の知見についてです。KAZA内のゾウをもって南部アフリカ諸国のゾウ全てと言うわけにはいきませんが、個体数の上でも、生息域の上でも南部アフリカのゾウの圧倒的な部分をカバーしています。しかも、ゾウはその内部を相当自由に移動し、ほぼ一つの世界最大のゾウ個体群を成しているとみなすことができます。その意味で、KAZAの個体数の動向は、南部アフリカのゾウが「増え過ぎているのか?」という問いへの有力な答えとなるでしょう。  

 2022年、アンゴラ、ボツワナ、ナミビア、ザンビアおよびジンバブエの各政府(それらで組織するKAZA国際保全エリア事務局)は、KAZA全域でサバンナゾウの個体数調査[7](以下「2022年KAZA調査」といいます)を行いました(アフリカに生息するもう一種のゾウ=マルミミゾウLoxodonta cyclotisは、この地域には生息していません)。その結果、個体数は227,900頭と推定されました。うち59%(13万1900頭)はボツワナが、29%(6万5000頭)はジンバブエが占めます(両国合わせてほぼ90%)。

 KAZA国際保全エリアの境界、2022年KAZA調査の調査区域、各国の推定個体数。KAZA Elephant Survey 2022 Fact Sheetより

 野生動物の個体数は、それが何らかの絶滅のおそれがある種である場合は特に、保全措置を発動するための重要な情報となります。しかし、保全のために何が優先事項かを具体的に推し量ろうとすると、それだけでは足りません。より重要なのは、個体数の変化の傾向です[8]。保全のための管理措置が行われる地理的に比較的狭い単位で、国レベルで、(特にゾウのように広範囲を移動する動物の場合は)国境を越えた地域レベルで、どのように個体数が変化したか。それがわかってはじめて、「ゾウの個体数はどのエリアでどのように変化しているのか?」「ハンティングが行われている場所で、ゾウの個体数はどうなっているのか?」「KAZA内のどこでゾウが密猟の影響を受けているのか?」「ジンバブエおよびボツワナの大きな個体群は依然として増えているのか?」という問いへ答えることができ、保全活動の優先事項が何かを正確に把握し、的確で効果的な行動をとることができます。

 ところが、2022年KAZA調査に関するKAZA国際保全エリア事務局による報告書では、国別または地域別のゾウ個体数について、前回調査と比較してのおおざっぱな傾向を分析しているに過ぎませんでした。したがってまた、上記のような問いに対する答えは示されていません。そこで、サバンナゾウが主に密猟によって、わずか10年の間に大陸全体で30%減少したことを明らかにした「グレート・エレファント・センサス」(GEC)を2014~2015年に実施した研究者らは、ゾウの個体数の変化に注目、2022年KAZA調査の結果がKAZAのゾウをめぐって高まる論争に対処するのに役立つよう、調査単位となった区域レベルおよびより広い地域レベルで、過去の調査結果と2022年KAZA調査との比較を行いました(シュロスバーグほか(2024)[9])。ただし、ザンビア(カフエ地域)は比較の対象から除かれています(2015年調査、2022年調査のデータはいずれも標準誤差が大きく、統計学的な正確性が担保できないため)。この個体数比較とは別に、独自に行われた最近のボツワナ北部における密猟探査についても報告されています。

 KAZA内のゾウ個体数は、2014~2015年調査時と2022年調査時の間で、統計学的に有意な変化していないという結論でした。

 KAZA内のゾウの一部(全体を一つの個体群とすると、そこに含まれるいくつかのサブ個体群)は、20世紀の中期から後期にかけての時期、理論的な繁殖能力の限界である年7%に近い割合で成長していたと推測されていました。ところが、この7,8年の間、個体群成長率が著しく低下していることが示されたことになります。理論的にはいくつかの原因が考えられます。

 一つ目は、密度効果(過密が出生率低下や死亡率増加を招く現象)[10]が発現して個体数の自律的な調整が行われたというものです。しかし、ゾウについては、その現象が証明された例がほとんどありません。

 二つ目は、個体数が環境の収容力の限界に達したというものです。しかし、KAZAに関してその現象を裏づける事実も把握されていません。なお、「収容力」を根拠としたゾウの個体数調整の先駆者である南アフリカ共和国のクルーガー国立公園では、公園の「科学的な」「収容力」が7000頭前後であるとして、かつてはその数字を維持すべく、30年近くもの間、間引きを実行していました。しかし、1990年代半ばに間引きの是非をめぐる論争の末、これを停止しました。その後の個体数の変化が気になるところですが、2020年のIUCN/SSCアフリカゾウ専門家グループの調査では、公園内の個体数は3万1527頭に達していることがわかりました[11](かつて収容力と言われていた数字の4.5倍です)。しかし、ゾウ個体群に生存上の問題が起きているとか、クルーガーのその他の動植物に壊滅的な問題が生じたという事実の報告はなく、間引きを再開する当面の計画もないようです[12]

 どうやら、KAZA内のゾウ個体数の安定の原因は、死亡率の増加である可能性が高そうです。ゾウの個体数を生死の別なくカウントする場合、死体の全体に対する割合(以下「死体率」といいます)が8%以上の場合、死亡率が出生率を超えていることを示します。2014~2015年の調査時も死体率は8%に達していましたが、2022年時のKAZA全体(ナミビアおよびザンビアを除く)の死体率は、11%でした。2014~2015年といえば、アフリカ全体で非常に高い密猟が起こっていた時期です。その後も死体率が高く、しかも増加しつつあるということは、KAZAでゾウの死亡率が高まっていることが示唆されていると言えます。

 既に述べたとおり、この両国でKAZA内のゾウ個体数の90%近い割合を占めています。

 まずジンバブエ内でカウントされたゾウの個体数は、2014~2022年にかけて安定していました(統計学的には有意とは言えない程度の緩やかな増加)。

 一方のボツワナについても、2010~2022年の期間、個体数には統計学的に有意な変化はなく、安定していました。2018年から2022年にしぼって個体数の変化を見ても結果は同様で、繁殖を行う群れと大人オスを別々に検討しても、同様の結果でした。

 ボツワナの個体数はほとんど変化がないのですが、調査の単位として設定された区域レベルで比較すると、区域によって、2018年から2022年にかけて個体数が相当程度変化していることがわかりました。チョーベ国立公園、オカバンゴ・デルタおよびチョーベ川河岸地域に指定されている保護地域内では、全体として近年安定した増加が見られました。これに対して、一部の区域では個体数が減少していました。

 わずか4年の間に区域によって相当の増加または減少が生じていることからすると、この分布の変化はゾウの区域間の移動によるものだと考えられました。その原因としては、あるエリアでは新たに人工的な水場が設置され、あるエリアでは過去にゾウが使っていた水場が機能しないようになっていたことが、乾季のゾウのくらしに影響を与えたものと推測されています。ただし、一部区域での個体数減少は、移動だけが原因というわけではなさそうでした。

 KAZA全体における発見個体中の死体率が、死亡率が出生率を上回る水準(8%)に達していることは既に述べました。その傾向に大きく寄与しているのがボツワナのおける調査結果です。2022年KAZA調査時のボツワナのゾウ個体数の63%は、死体率が8%以上の区域に暮らしていたのです。このことは、ボツワナのゾウの6割以上が、個体数が減り始めるかどうかの、少なくとも境界線上にいることになります。

 シュロスバーグほか(2024)は、2023年10月から2024年2月にかけて、ボツワナ北部の限られた区域で特別な偵察飛行を実施しています。その結果、2つの区域で56頭の密猟されたゾウが発見されました。密猟かどうかは、牙が奪われていたかどうかで判断されました。密猟死体はどれも新しく、2022年KAZA調査の時点では、それらの密猟はまだ発生していなかったと考えられるとされています。

 ボツワナ政府やジンバブエ政府は、「ゾウは増え過ぎている」いると主張し(ボツワナ政府によれば、同国のゾウの個体数は年6%の割合で増加中)、それを主な根拠のひとつとして、トロフィー・ハンティング(トロフィーの輸出)や象牙取引の再開を正当化しています。しかし、政府自身が実施した調査で得られたデータ上、2010年以来、ゾウの個体数が安定していることが明らかになり、政府の主張に根拠がないことが明らかになりました。

 それだけではありません。2022年調査時点でKAZAのゾウの6割近くが生息するボツワナで死体率が高止まりしていること、同時点以降に新たな密猟が確認されていることは、ボツワナないしKAZAのゾウの現在と近い将来に不安を投げかけるものと言えます。シュロスバーグほか(2024)は、関係政府に対して、今後の調査・データ分析において保全のための優先事項を洗い出すための工夫や、密猟の監視等について具体的な提言を行っています。

(坂元雅行)


[1] 2024年4月3日付BBC記事「ボツワナ、2万頭のゾウを送るとドイツを脅す」 https://www.bbc.com/news/world-68715164

[2] 2024年8月27日付Reuters記事「ナミビアは83頭のゾウを間引きし、干ばつの影響を受けている人々に配給する」 https://www.nbcnews.com/news/world/namibia-cull-elephants-distribute-meat-drought-rcna168740

[3] 2024年9月12日付Bloomberg記事「ジンバブエ、ほぼ40年ぶりのゾウの間引きを検討https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-09-11/zimbabwe-considering-first-elephant-cull-in-almost-four-decades?leadSource=uverify%20wall

[4] https://www.jtef.jp/history_elephant/

[5] 環境省ウェブサイト「日本の象牙利用の考え方」 https://www.env.go.jp/nature/kisho/kisei/conservation/ivory/index.html

[6] 2024年7月3日付ワシントン条約事務局通知No. 2024/078 https://cites.org/sites/default/files/notifications/E-Notif-2024-078r.pdf

[7] Bussière, E.M.S. and Potgieter, D. (2023) KAZA Elephant Survey 2022, Volume I: Results and Technical Report, KAZA TFCA Secretariat, Kasane, Botswana

Bussière, E.M.S. and Potgieter, D. (2023) KAZA Elephant Survey 2022, Volume II: Stratum Reports, KAZA TFCA Secretariat, Kasane, Botswana

[8] Michael J. Chase, Scott Schlossberg, Curtice R. Griffin, Philippe J.C. Bouché, Sintayehu W. Djene, Paul W. Elkan, Sam Ferreira, Falk Grossman, Edward Mtarima Kohi, Kelly Landen, Patrick Omondi, Alexis Peltier, S.A. Jeanetta Selier, Robert Sutcliffe. 2016. Continent-wide survey reveals massive decline in African savannah elephants. PeerJ 4:e2354  https://peerj.com/articles/2354/

[9] Scott Schlossberg & Michael Chase. 2024. Population trends and conservation status of elephants in Botswana and the Kavango Zambezi Transfrontier Conservation Area –A review of elephant aerial surveys, 2010 – 2022. Elephants Without Borders

https://elephantswithoutborders.org/site/wp-content/uploads/Final-EWB-Ele-Pop-Trends-KAZA-report-Mar24.pdf

[10] 小池伸介. 2022. 生態. 哺乳類学. 東京大学出版局

[11] CITES CoP19 Inf.64 (Rev.1), “The Status of Africa’s elephants and updates on issues relevant to CITES” by IUCN/SSC African Elephant Specialist Group https://cites.org/sites/default/files/documents/E-CoP19-Inf-64-R1_0.pdf

[12] Don Pinnock. 2022. “The myth of too many elephants in Kruger Park, and why culling is redundant” dated on Jul 23, 2022. Daily Maverick https://www.africanelephantjournal.com/the-myth-of-too-many-elephants-in-kruger-park-and-why-culling-is-redundant/