ブログ:シリーズ・日本の象牙市場閉鎖 第3回:ワシントン条約CoP18における、国内象牙市場閉鎖決議(CoP17:2016年)の実効性を強化するための審議
https://www.jtef.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/CoP18-room.jpg 398 400 Japan Tiger Elephant Organization Japan Tiger Elephant Organization https://www.jtef.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/CoP18-room.jpg■ワシントン条約における国内象牙市場閉鎖決議強化の提案
2019年8月17~28日にジュネーブ(スイス)で開催されたCITESの第18回締約国会議(”CoP18”)で、「国内象牙市場閉鎖に関する決議Conf. 10.10 (CoP17改正)の実施」(CoP18 Doc. 69.5)が審議された。提案国は、ブルキナファソ、コートジボワール、エチオピア、ガボン、ケニア等、東、中央、西アフリカの主要なゾウ生息国が名を連ねている。
この議案書が審議、採択を求めている主要な事項は次の2つであった。
第1は、国内象牙市場閉鎖決議(決議Conf. 10.10 (CoP17改正)「ゾウの取引」の一部を成している。)を強化する改正案である。現行決議は、「密猟または違法取引の一因となっている」国内象牙市場を閉鎖するよう勧告しているが、この「・・・一因となっている」との文言を削除するよう提案されている。日本のような我田引水的な主張をする国があるため、全市場閉鎖の趣旨をより明確にする意図である。
第2は、第1の改正決議案を効果的に実施するため、特に日本とEUを名指ししつつ、国内象牙市場のあるすべての締約国に迅速な閉鎖を要求するとともに、次の締約国会議までの間にそれを遵守させるための情報収集、検討、期限付きの勧告を行う手順を、CITES事務局と同常設委員会に指示する決定案である(「決定」は、「決議」と異なり、有効期間が次回締約国会議までとなる)。
■「国内象牙市場閉鎖に関する決議の実施」審議に至るまでの経緯
CoP17で採択された国内象牙市場閉鎖決議(閉鎖勧告等を加えた「ゾウの取引」に関する既存決議の改正)は、「密猟または違法取引の一因となる」国内の合法象牙市場を閉鎖するよう勧告するものである。今回のCoP18では、ケニアら9か国が、アフリカ32か国から成る「アフリカゾウ連合」支持のもと、「密猟・・・となる」との文言を削除、すべての市場を閉鎖するよう求めた。しかし、この提案へどう対処するかは、各締約国にとって悩ましいものであった。
現行の市場閉鎖勧告は既に威力を発揮し、台湾、シンガポール、イギリス、ベルギー、ルクセンブルグ等が閉鎖を決定ないし実施するに至る一方、EUでは、28の加盟国全体としては市場閉鎖と呼びうるほどの規制は行われていなかった。さらに問題なのは、世界最大の合法的国内市場を擁する日本が、自国の市場は閉鎖勧告の対象外、と正面切って決議の履行を拒絶していることで、これはグローバルな国内象牙市場の閉鎖を推進してきた国々にとって由々しき事態であった。
その一方、「国際」取引の規制を目的とするCITESが、各締約国の国内措置へどこまで関与できるのかは、CITES永遠の課題である。その40年近い歴史の中では、国際取引規制の実効性確保という観点から、国内取引規制、在庫管理、消費需要の抑制等について関係国へ踏み込んだ措置を求める傾向はますます強まってきている。その一例は、虎骨等の国内取引の禁止である。トラの深刻な危機が警告された1990年代前半以来、CITESは決議の採択等を通じて、関係国の国内措置に相当直接的に介入した。当時虎骨、トラのペニスおよびそれらの製品(漢方薬、強壮剤)の国内取引が野放しであった日本は、度々規制の導入を求められた挙句、CITESの決議・決定に基づいて派遣された専門家らの使節団、続いてCITES事務局長らを含む政治的判断を求める施設団の来日を受け、これらの国内取引を禁止する(2000年施行)。このようなCITESの締約国における国内措置への関与の一つの到達点が、CoP17における国内象牙市場閉鎖決議の採択だったのである。ただし、その採択に当たっては、条約の目的との整合性にも配慮されていた。それが、国際取引との関連性を示すための「密猟または違法取引の一因となる」という文言を加えることであった(この文言にいう「取引」は、条約上の取引すなわち「国際」取引を指すと理解する意見が多い)。今回のアフリカ諸国の提案は、違法な「国際」取引との関連性を問わずに国内取引を禁止することを主張するものである。それは、CoP17における上記の調整を振り出しに戻すことも意味したから、主要国、特にCoP17で国内象牙市場閉鎖決議のコンセンサス採択に尽力した米国にとっては、そのまま受け入れるには困難があった。
なぜ、アフリカ諸国は、このような野心的な提案を行ったのか。年間2万頭レベルの象牙目的の密猟は近年も続いている。そのような中、本来はCoP17後真っ先に市場閉鎖しなければならない国が、条約の目的との整合性を明示して全会一致をはかるために追加した文言を逆手に取り、自国の市場は「密猟または違法取引の一因とな」っていないから決議の対象でないと開き直っている。そのようなふるまいを放置しては、条約決議が骨抜きになるという切迫した危機感が持たれていた。そこで、このような解釈の濫用を招く文言は取り去ってしまうべきだという率直な意見が登場、ゾウの密猟と戦うアフリカゾウ生息国の結束を世界に訴えるためには、このような原則論的で明確な主張を掲げるべきだという結論に達したのだろうと推測される。
こうした状況の下、主要国は、条約との整合性に関する議論を蒸し返すことなく、アフリカ諸国の訴える世界の合法的な国内象牙市場閉鎖の加速、とりわけカギとなる日本を市場閉鎖に向かわせるための打開策を水面下で模索することになる。
■「国内象牙市場閉鎖に関する決議の実施」審議の結果
こうして迎えた8月21日、ケニアの趣旨説明で「国内象牙市場閉鎖に関する決議の実施」の審議が始まった。日本等の国内象牙市場が違法取引にかかわっていること、これらの象牙市場がオープンになっている限り、象牙のためにゾウは殺され続けることが訴えられた。続いて、アンゴラ、チャド、ニジェール、ナイジェリアらアフリカ諸国よる賛成意見が続き、すべての国内象牙市場を早期に閉鎖することの必要性が強調された。イスラエルは、自国が2021年1月までに象牙市場を閉鎖することを表明し、国内市場はすべて違法取引に何らかのかかわりがあると明言した。
ここで米国が発言、議案で提起されている問題を解決する方策としては、「現行の決議の実施」に焦点をあてるべきだと述べ、簡潔な対案を「決定」案として読み上げた(締約国会議による条約の解釈・履行に関する意思決定には、改正・廃止されない限り永年有効な「決議」Resolutionと、有効期間が次回締約国会議までとなる「決定」Decisionとがある)。それは、国内象牙市場閉鎖決議の内容は現行どおりとする一方、未だ市場閉鎖しない国に対し、その市場が「密猟または違法取引の一因」とならないことを確実にするために執る措置について、事務局を通じ、来年以降開催される常設委員会(3年毎にしか開催されない締約国会議から委任された事項の意思決定等を行う。)に報告するよう義務づけるものだった。常設委員会は、報告内容を検討し、非閉鎖国に対する必要かつ適切な処置について次回の締約国会議(CoP19)に勧告することになる。この米国提案を受けて、議案書で日本とともに非閉鎖国として名指しされていたEUが、原提案は支持できないとしつつ、米国提案は支持、さらにEU自身は規制を強化するプロセスに入っているとし、市場閉鎖に向けて調整中であることを明らかにした。
その後、ボツワナ、ナミビア、南アフリカ、ジンバブエらの南部アフリカ、タイ、カンボジア、チリが原提案に反対、南部以外のアフリカ諸国、インドらが原提案に賛成し、南部アフリカVSその他のアフリカ諸国間を基調とする論争が続いた。ここで日本も猛然と原提案へ反対し、条約は国際取引を規制するだけであって、無条件に締約国の国内市場閉鎖を求めることは条約が対象とする範囲を超える、すべての市場が密猟または違法取引の一因となっている証拠はないと主張した。そして、日本の税関がわずかな量の象牙の密輸入しか差し止めていないのだから、日本の市場が密猟にかかわっている証拠は存在しないのだとも開き直った。さらに、そもそも野生生物は持続的に利用すべきものだとして、象牙の合法取引継続への意欲むき出しの熱弁をふるった。これに対して、リベリアが反発し、未だに国内象牙市場を閉鎖していない国の側こそ、違法取引等の一因となっていないことの証明責任を負うべきではないかと反論した。オーストラリアは、自国も国内象牙市場閉鎖を決めたと宣言し、すべての国が市場を閉鎖すべきだと主張した。さらに、閉鎖決議に違反する国に対しては制裁措置含みの遵守確保手続を適用すべきだ、と日本をけん制した。
この議題における動静が注目された国のひとつは、違法取引される象牙の最大仕向け先となる中、2017年末をもって市場閉鎖を行った中国だった。しかし、同国は、この議案について沈黙した。中国は、最も徹底した国内象牙市場閉鎖の政策をとっているが、同時に、国際社会は各国の国内問題に直接関与すべきでないという方針を徹底する国でもあるからであろう。
ここまでの討論の中で、原提案への賛成、反対が拮抗するものの、投票となった場合、可決に必要な3分の2の賛成票の獲得は、やや危ぶまれる雰囲気であった。その一方、原提案へ反対の国も、南部アフリカ諸国や日本を除いては、明示または黙示に米国提案には賛意を表していると見られた。そのためであろう、ケニアが発言を求め、米国提案を受け入れる用意があると意思表明した。ここで議長が乗り出し、原提案には賛成、反対双方の意見がある一方、米国の提案した決定案にはかなりの支持があるようだとして、この案に反対の意見があるかどうかを議場に諮った。これに対して南アフリカは、常設委員会が内政に関する勧告を行うのは条約の目的を逸脱していると発言、ジンバブエ、コンゴ民主共和国もこれを支持した。ブルキナファソは、国内象牙市場の問題はこれ以上見逃すべきではない、野生動物を保護するためには広い視点が必要だとして、米国案を支持すると発言した。カメルーンも米国提案は適切な妥協案というべきだとして支持を表明、ガーナは、条約の背景にある国際協力の趣旨を考慮して米国案を支持するとした。ここで議長から米国に反対意見に対するコメントが求められた。米国は、この3年間、非閉鎖国による市場閉鎖決議の履行に関して進展がなく、その是非をめぐる情報もなかったことを指摘し、次回の締約国会議までに措置する必要があることを強調した。ここでカナダが発言し、基本的に米国案に賛成するとしつつ、常設委員会がCoP19に行う勧告は「条約の対象とする範囲および権能と整合する」ものとする旨の文言を加えることを提案した。南アフリカらの反対を考慮した修正である。カンボジア、チャド、タイからカナダ修正への支持が相次ぐ一方、反対の意見は出ず、カナダ修正を加えた米国の決定案がコンセンサス採択された。この決定は、27日の本会議でそのまま正式に採択されている。その全文は次のとおりである。
締約国を対象とする決定18.AA
未加工及び加工象牙の商業取引が行われる国内市場を閉鎖していない締約国は、その国内象牙市場が密猟又は違法取引の一因とならないことを、確実にするために執る措置について、第73回及び第74回常設委員会の検討に付すべく、事務局に報告するよう要請する。
事務局を対象とする決定18.BB
事務局は、それらの報告を取りまとめ、締約国が常設委員会の会議に先立って入手できるようにしなければならない。
常設委員会を対象とする決定18.CC
常設委員会は、
a)決定18.BBにおける報告書を検討し、及び、
b)当該事項について第19回締約国会議に対して報告し、及び必要に応じてかつ条約の
対象とする範囲及び権能と整合する勧告を行わなければならない。
*この3つの決定には、追って、CITES事務局が正式な決定番号を付することになる。
(坂元雅行 トラ・ゾウ保護基金事務局長)
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