ブログ:キャンプ・たき火ツアー解禁は西表島のためになるのか?

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JTEF西表島支部やまねこパトロール 事務局長 髙山雄介

(以下の文章は、2024年8月4日付八重山毎日新聞の投稿欄に掲載されました。)

環境省と竹富町は、これまで町が事実上禁止してきた島内におけるキャンプ・たき火を商業ツアー上のアクティビティとして解禁する方針を打ち出しました。しかも、観光庁の補助事業を活用し、世界遺産登録区域を含む地域でのキャンプ・たき火ツアーを「サステナブルな観光コンテンツのモデル事業」として実現せんと検討を進めるという力の入れようです。

世界自然遺産になった西表島における観光事業は、法令や条例に加え、竹富町西表島エコツーリズム推進協議会(以下「協議会」)が策定し、国の認定を受けた「西表島エコツーリズム推進全体構想」(以下「エコツー全体構想」)と、沖縄県が策定した「西表島観光管理計画」(以下「県の観光管理計画」)に定められたルールにしたがって行われることになっています。キャンプ・たき火については、エコツー全体構想で「原則禁止」とされています。「推進協議会が別に定める規定に基づく行為においてはこの限りではない」とも定められてはいますが、この文言が全体構想に組み込まれた当時、事務局である竹富町からは、「ビバークと一般のキャンプの整理をしていく」と説明がなされていました。「ビバーク」というのは緊急時、予定外に行われるありあわせの道具でのキャンプという意味で使用される言葉です。つまり、別に定める規定として許可されるのは、当初は「緊急時の身体安全確保のためのビバーク」のみで、一般のキャンプについてはこれまで通り禁止すると理解できる内容だったのです。また、県の観光管理計画においては、「自然体験フィールドで現在指定されている地域を利用の許容限界として、これ以上利用箇所が増大しないよう制限する」という方針が示されているところ、キャンプ・たき火の候補地となる海浜は、ここにいう「現在指定されている地域」に含まれない場所がほとんどでした。

しかし、2022年2月22日開催の令和3年度第1回協議会になると、キャンプとたき火の扱いに関する方針の説明が一変します。「別に定める規定」で小さな例外を作るのではなく、全体構想の他に別にルールを作ってキャンプ・たき火ツアーそのものを例外にするというのです。その後のエコツー協議会では、委員から「なぜ島民が許可されていないのに、一部事業者による営利活動としてのキャンプは許可されるのか?」、「このような話は島民が知りえない。情報共有を十分してほしい」「ヤマネコやウミガメ、アジサシ類などへの影響が心配」など、議論を慎重に進めていくよう求める意見があがりましたが、事務局の竹富町は「野営を推進することが目的ではなく、実現可能性があるかどうかも含めた調整・調査を行う事業であり、実施ありきではない。」と回答して批判をかわそうとしました(2022年9月7日令和4年度第1回協議会)。

このような行政の姿勢の背景には、先日の観光立国推進閣僚会議でも示されたとおり、観光資源としての国立公園によるインバウンド獲得機能を強化せんとする国の思惑があります。「実施ありきではない」はずのキャンプ・たき火ツアーは、環境省、竹富町が協議会の下に非公開の会議体としてわざわざ立ち上げた「野営ワーキンググループ」(環境省、竹富町、エコツアー事業者、西表財団が参加)の中で、いかに合法化するかが精力的に議論されてきました。私を含む協議会メンバーが参加する本体の会議には、断片的な情報しか上がってきません。そのため、どのような議論が行われているのか全く分からない状況が続きました。そして、2024年1月29日の令和5年度第2回協議会で配布された資料「西表島のバックカントリーツアーにおける海浜での野営に関する取り組みについて」において突然、世界遺産登録地域を含む島内の9か所(アトゥク西、タカラ浜、外離島、サバ崎、網取、崎山、鹿川など)でのキャンプを解禁するという案が提示されます。これによって「サステナブルな観光コンテンツモデル事業」がキャンプ・たき火ツアーの解禁を前提とした取組であることが明らかになるのです。

なぜ「保全のために利用禁止」とされ、島民にもキャンプ・たき火が許可されない地域で、一部の観光事業者のみが営利目的のツアーを催行できるのでしょうか?イリオモテヤマネコやウミガメ、アジサシ類や、それらの生息環境である海岸・海岸林への影響をどのようにモニタリングするのでしょうか?2005年と2009年にはキャンプツアー中の遭難事故が発生し、現在も行方が分かっていない方がいますが、その時の総括はきちんとされているのでしょうか?また、遭難事故発生時の救助体制について地元と十分協議を行っているのでしょうか?たき火による火災が発生した場合、世界遺産登録地域に壊滅的な悪影響を与える可能性もありますが、誰が責任をとるのでしょうか?そして、この取り組みはそもそも本当に「サステナブルな観光コンテンツ」と呼べるものなのでしょうか?西表島が世界自然遺産として登録され、その保護が国際的な責任となった今、このプロジェクトを進める意義は果たしてあるのでしょうか?これほど疑問の多いテーマであるにもかかわらず、行政が一部の利害関係者の要望・意見だけを聞いて、全く新しいルール作りをするという、この極めて非民主的なやり方が許されるのでしょうか?

キャンプ・たき火ツアー解禁を進めている環境省、竹富町、そして観光事業者は、西表島が世界自然遺産に登録されたことの意味を見つめ直すとともに、その「普遍的価値」の守り手である西表島の住民に対して、矛盾したメッセージを送るのではなく、直接的な対話を実践していただきたいです。