ブログ:高速国道によるコリドー分断を回避できるか?裁判で勝ち取った巨大アンダーパス

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-高速国道53号線(旧称6号線:NH6)拡幅によるナワゴン・ナグジラ コリドー分断効果の緩和措置-

インドには、世界のトラの7割弱が生息する(各国からの報告の合計数は4,485頭[1]、うちインドは2,967頭[2])。その3分の1以上(1,033頭[3])が集中するのが中央インド・東ガーツのランドスケープ(複数のタイプの群集(ある地域内で相互作用に結ばれて生活する生物種のすべて)を含む空間[4])である。このランドスケープには多数のトラ保護区、野生生物保護区、国立公園がある。とくに、カーナ トラ保護区、ペンチ トラ保護区、アチャナクマル トラ保護区を含むエリア(10,850㎢に308頭[5])と、その南側のタドバ トラ保護区とナグジラ・ナワゴン トラ保護区を含むエリア(7,208㎢に219頭[6])には、トラが高密度で生息している。そのさらに南側には、密度は低いが、母親の行動圏を離れた若トラの分散先として重要なインドラバチ トラ保護区がある。

JTEFが、2001年以来、インドのパートナーWildlife Trust of India (WTI)とともに活動してきた場所が、現在のナワゴン・ナグジラ トラ保護区である。


[1] 出典:IUCN レッドリスト2022(Goodrich, et al. 2022)

Goodrich, J., Wibisono, H., Miquelle, D., Lynam, A.J., Sanderson, E., Chapman, S., Gray, T.N.E., Chanchani, P. & Harihar, A. 2022. Panthera tigris. The IUCN Red List of Threatened Species 2022: e.T15955A214862019.

[2] インド政府が、2023年に公表した「トラの生息状況2022」年(Qureshi, et al. 2023)によれば、総個体数は3,167頭とされる。しかし、IUCNレッドリストではこのデータではなく、2019年公表の「トラの生息状況2018」(Jhala, Y. V, et al. 2019)の2,967頭が引用され続けている。

Qamar Qureshi, Y.V. Jhala, S.P. Yadav and A. Mallick (eds) 2023. Status of Tigers in India – 2022: Photo-captured Tigers, Summary Report. National Tiger Conservation Authority and Wildlife Institute of India

Jhala, Y. V, Qureshi, Q. & Nayak, A. K. (eds). 2019. Status of tigers, co-predators and prey in India 2018. Summary Report. National Tiger Conservation Authority, Government of India

[3] 「トラの生息状況2022」年(Qureshi, et al. 2023)では、1,161頭と推定されている。

[4] Hilty, Jodi A., William Z. Lidicker Jr., Adina M. Merenlender. 2006. Corridor ecology: The science and practice of linking landscapes for biodiversity conservation. ISLAND Press P.119

[5] 「トラの生息状況2022」年(Qureshi, et al. 2023)では、360 頭と推定されている。

[6] 「トラの生息状況2022」年(Qureshi, et al. 2023)では、319頭と推定されている。

このトラ保護区を構成するナグジラ野生生物保護区とナワゴン国立公園の間を国道6号線(現国道53号線。以下ではNH6と呼ぶ。)が東西に横断している。もともと片側1車線で、森林の間を通っている場所では幅が7メートルしかなかった。ところが、インドの国道整備計画の中で、この国道6号線を、片側2車線、中央分離帯付60メートル幅の道路に大拡幅する工事が計画された。これは、西の大都市ムンバイと東の大都市コルカタ間の高速・大量輸送交通を実現するための巨大国家プロジェクトで、事業主体は、インド中央政府の船舶道路交通・幹線道路省のインド国道機関(NHAI)である。

国道が拡幅されてしまうと、通行車両の走行速度は、はるかに高速化し(インドの国道は、区間、車線によって、制限速度が120km/hのところもある)、交通量も劇的に拡大する。このような状況のもとで、野生動物はこれまでよりもはるかに広い幅(森林内では9倍)の道路上を走ってくる大量の車を縫うようにして横断しなければならなくなる。トラを含む野生動物が無理に渡ろうとすれば交通事故で命を落とすことになる。

しかし、さらにおそろしいのは、道路を挟んだ生息地間の行き来が完全に遮断され、生息地が分断されてしまうことである。孤立した小グループは、それぞれが環境変化等による消滅のリスクが高くなる。さらに、地域的にいくらか離れているグループ間で交配ができなくなると、遺伝子交流が乏しくなり、各グループの長期的な存続を難しくする。トラは、ナワゴン国立公園の東側を通って北のカーナ トラ保護区と南のインドラバチ トラ保護区との間を、西のペンチ トラ保護区へはナワゴン国立公園からコリドーでつながるナグジラ野生生物保護区を通って移動してきたが、その道が閉ざされると、そのような事態となって地域的な絶滅が生じるおそれがある。その意味で、距離にして約40キロメートル離れたナグジラとナワゴンの間の森林(約400㎢)の生態学的な連続性は大変重要である。

そこでJTEFは、WTIに協力して、このコリドーの機能を確保するため、2000年以来、「中央インド(ヴィダルバ)トラ保全プロジェクト」として、レンジャーのトレーニング支援、コリドー周辺の集落における地域主導プロジェクト、保護区の拡張に取り組んできた。しかし、NH6がこのコリドーを横切る計23.85キロメートルの区間が幅60mの高速道路となることでトラの移動が断たれてしまったら、これらの努力も水の泡になりかねない。

JTEFが支援してWTI森林コリドーを道路開発から守るためにとった最大のアクションが、2009年にインド最高裁判所へ工事差止めを求めた訴訟提起だった。その結果、最高裁は、野生生物保護、森林保全にかかわる事件として、専門家からなる最高裁中央特別委員会(CEC)を設置、NHAIに対して、森林環境省(現:森林環境気候変動省)と調整のうえ、野生動物の移動を妨げないような具体的な工法を検討するよう命じた。その後、行政手続の問題のために森林が伐採されてしまう出来事は起きたが、工事は基本的にストップした。

NHAIは大型のアンダーパス設置を検討するとはしたものの、2015年にその数を3ヶ所のみにすると発表する。またも裁判となり、高等裁判所はNHAIの工事計画を退けている。その後もNHAIのアンダーパスの設置個所や数にかかわる測量ミスが発覚したこともあって、影響緩和策が練り直されていたが、WIIが妥協案を報告[1]、ようやく2020年2月にNHAIと森林・環境・気候変動省の間で合意が整い、2022年から工事が始まることになった。

 具体的な影響緩和策の内容は、約60 kmにわたる区間中、森林コリドーを通過する箇所の道路下に、高さ5m、幅がそれぞれ690m, 238m, 814m, 773m, 742mという5基のアンダーパスが設置されるというものである。満点の内容ではないものの、トラなどの中大型野生動物の移動が確保されることが期待された。

 これらのアンダーパスは、マハラシュトラ州内に建設されるものである。シルプルという町よりさらに東進するとチャティスガル州に入るが、そこには北のカーナ トラ保護区(マディヤプラデーシュ州)と南のインドラバチ トラ保護区(チャティスガル州)を結ぶコリドーが走っている。しかし、この部分についてはアンダーパス建設等コリドー確保のための措置は計画されていない。既に拡幅工事が終わってしまっているためである[2]


[1] 2022年12月1日付Times of India “23 elephants on NH6: Greens demand raisingheight of mitigation structures in Maharashtra”

[2] このチャティスガル州の道路拡幅は、国家野生生物理事会(NBWL)の強化を得ずに行われた完全に違法な工事だと専門家、NGO等よりかねてから指摘されている(2022年12月1日付Times of India)。

この間、ナグジラ野生生物保護区に隣接して新ナグジラ野生生物保護区とコカ野生生物保護区が、ナワゴン国立公園に隣接してナワゴン野生生物保護区がそれぞれ追加指定され、ナグジラ、ナワゴンの保護地域がそれぞれおよそ2倍に拡張された。そして、それらの間をつなぐコリドーがバッファーゾーンに指定され、それら全体が「ナワゴン・ナグジラ トラ保護区」(NNTR)(コアエリア:653.67㎢、バッファーゾーン1,241.27㎢、総計1,894.94㎢)が誕生している。

NNTRにおけるトラの個体数は増加傾向にはあるが、その絶対数は少ない。そこでマハラシュトラ州は、ブラマプリ森林区から5頭を移動させて個体群の増強を図ることを決めた。2023年5月にはその第1弾として2頭のメストラをNNTRに放った。しかしこの措置をとるにあたっては、トラ保護区周辺での人とトラの間のコンフリクトを低減することが必須であり、獲物の補充、法執行のための監視強化、保護地域に隣接して暮らす森林内居住者に対する周知徹底が求められる[1]。2024年2月18日にナグジラ野生生物保護区のマンゲザリ・ゲートで、森林・環境・気候変動省の下にあるインド野生生物研究所(WII)の調査チームと出会った。2頭のトラのうち1頭はナグジラ内にいるが、もう1頭はNNTRを出て北の方へ移動しているという。人間の意図通りに住み着かせることはそう容易ではない。保護地域外でのコンフリクト発生も懸念される。


[1] 「トラの生息状況2022」年(Qureshi, et al. 2023)

2024年2月時点のNH6では、計画されている5つのアンダーパスのうち4つが建設中であった。2月18日(日)、シェンダShendaで、QRTメンバー、森林局の森林警備官ら(FG)とのミーティング後、工事中のアンダーパス(①)を訪れた。

訪れたのは日曜日の正午だったが、その完成を待つ現在の道路の交通量はすさまじく、途切れることがほとんどない。しかも通行する車両の相当部分が大型の貨物車両である。もし、(建設中のアンダーパスのような)影響緩和策がとられなかったら、交通事故が発生するどころか、野生動物は横断を早々に断念するであろうことは容易に想像された。

その後、ナグジラ野生生物保護区に隣接するピタンバトラPitambatolaの畑(豆を始め様々な作物を植え付けていた)でソーラー電気柵を設置してイノシシ等とのコンフリクト対策をしている農家を訪ねた後の午後1時30分ころ、もう1か所、工事中のアンダーパスを訪れた。

近年、野生ゾウの群れがチャティスガル州からマハラシュトラ州ガッチェロリ県へ、そして300年前の生息地であるゴンディア県のナワゴン国立公園、さらにその西のバンダラ県へも出没している。このゾウの群れは、2022年11月の終わりにNH6から3km以内の地点であるモウガータに迫ったが、そこはまさにアンダーパスが建設される予定地だった。その際、バンダラ側の森林局とゴンティア側(NNTR)の森林局との間でゾウを東のゴンディア側に追い立てるのか、そのままNH6を北へ渡らせるのか(依然バンダラ県内を移動することになる)について調整がつかずに、混とんとした状況となり、結局は爆竹に妨害されてゾウは道路を渡らなかった。プラフーラ・バンブルカーら保全論者は、ゾウが今後もこの区域にやってくることを想定し、NHAIは現在のアンダーパス施工を見直し、高さを7mにすべきだと指摘している[1]


[1] 2022年12月1日付Times of India