ブログ:寅年早々の朗報。トラの移動のために大変更されたインドの国家プロジェクト

604 598 Japan Tiger Elephant Organization

2022寅年の幕開け早々、JTEFがインドのパートナーとともに18年間(2000~2018年)取り組んだ中央インドでのトラ保護活動に、また一つ大きな成果が加わりました。国家プロジェクトである大規模高速道路の計画が修正され、トラが保護区から保護区へ移動する移動するための生息地(コリドー)を確保するための工事が行われることになったのです(2022年1月11日付Times of India記事)

世界のトラの7割以上が生息するインド(2,967頭。繁殖可能な成熟したトラ個体数の2018年推定。以下同じ)。その3分の1以上が集中するのが中央インドです(1,033頭)。 中央インドには多数のトラ保護区、野生生物保護区、国立公園があります。とくに、カーナ トラ保護区、ペンチ トラ保護区、アチャナクマル トラ保護区を含むエリア(10,850㎢に308頭)と、その南側のタドバ トラ保護区とナグジラ・ナワゴン トラ保護区を含むエリア(7,208㎢に219頭)には、トラが高密度で生息しています。そのさらに南側には、密度は低いのですが、母親の行動圏を離れた若トラの分散先として重要なインドラバチ トラ保護区があります(989㎢に3頭)。

ナグジラ野生生物保護区のトラ

JTEFがインドのパートナーWildlife Trust of India (WTI)と長年にわたって活動してきた場所が、ナグジラ・ナワゴントラ保護区です。

このトラ保護区を構成するナグジラ野生生物保護区とナワゴン国立公園の間を国道6号線(比較的最近、国道55号線と名称が変わりましたが、以下では6号線と呼びます。)が東西に横断しています。もともと片側1車線で、森林の間を通っている場所では幅が7メートルしかありませんでした。ところが、インドの国道整備計画の中で、この国道6号線を、片側2車線、中央分離帯付60メートル幅の道路に大拡幅する工事が計画されました。これは、西の大都市ムンバイと東の大都市コルカタ間の高速・大量輸送交通を実現するための巨大国家プロジェクトで、事業主体は、インド中央政府の船舶道路交通・幹線道路省の国家幹線道路機関(NHAI)です。

ナグジラとナワゴンの間を突っ切る道幅7mの国道6号線。この9倍に拡幅する計画が。。。

国道が拡幅されてしまうと、通行車両の走行速度が実際上はるかに高速化し、交通量も劇的に拡大することは間違いありません。このような状況のもとで、野生動物はこれまでよりもはるかに広い幅(森林内では9倍)の道路上を走ってくる車を縫うようにして横断しなければならなくなります。トラを含め、多くの野生動物たちが交通事故で命を落とすでしょう。

車にひかれたベンガルヤマネコ(中央インド)

しかし、さらにおそろしいのは、道路を挟んだ生息地間の行き来が完全に遮断され、生息地が分断されてしまうことです。孤立した小グループは、それぞれが環境変化等による消滅のリスクが高くなります。さらに、各グループの間の繁殖ができなくなり遺伝的な交流が乏しくなることは、各グループの長期的な存続を難しくします。トラは、ナワゴンの東側を通ってカーナ トラ保護区と南のインドラバチ トラ保護区との間を、ナグジラ、ナワゴンを通ってペンチ トラ保護区からはインドラバチとの間を移動してきましたが、その道が閉ざされると、そのような事態となって地域的な絶滅が生じるおそれがあります。

その意味で、ナグジラとナワゴンの間の森林(約400平方キロメートル)の生態学的な連続性は大変重要です。そこでJTEFは、WTIに協力して、距離にして約40キロメートル離れたこれら2つの保護区の間の森林(約400平方キロメートル)のコリドーとしての機能を確保するため、2000年以来、「中央インド(ヴィダルバ)トラ保全プロジェクト」として、レンジャーのトレーニング支援、コリドー周辺の集落における地域主導プロジェクト、保護区の拡張に取り組んできました。この間、ナグジラ、ナワゴンそれぞれの保護区が2倍に拡張され、しかもナグジラとナワゴンを合わせて「ナグジラ・ナワゴン トラ保護区」(コアエリア:653.67㎢、バッファーゾーン1,241.27㎢、総計1,894.94㎢)に指定され、それらの間の森林コリドー(約400平方キロメートル)にも一定の保護策が及ぶようになりました。

しかし、国道6号線がこのコリドーとその周辺を突っ切る計23.85キロメートルの区間が幅60mの高速道路になってしまい、トラの移動が断たれてしまったら、これらの努力も水の泡になりかねません。

JTEFが支援してWTI森林コリドーを道路開発から守るためにとった最大のアクションが、2009年にインド最高裁判所へ工事差止めを求めた訴訟提起でした。その結果、最高裁は、野生生物保護、森林保全にかかわる事件として、専門家からなる最高裁中央特別委員会(CEC)を設置、NHAIに対して、森林環境省(現:森林環境気候変動省)と調整のうえ、野生動物の移動を妨げないような具体的な工法を検討するよう命じました。提訴により、工事は基本的にストップしました(その後、行政手続の問題のために森林が伐採されてしまう出来事はありましたが)。

伐採されてしまって6号線の路肩の森林

 その後、道路拡幅によるコリドーへの影響緩和策をめぐり、NHAIと、森林環境省(WTIがバックアップ)との間で応酬が続いてきました。

2012年時点では、国家幹線道路機関NHAIは、「拡幅後の道路幅を60メートルから45メートルに縮小する」、「道路下の通路(アンダー・パス)として、高さ3メートル、幅6メートルのボックス・カルバートを9基、2キロおきに新設する、という緩和措置を取りたいと主張していました。これに対して、WTIは、「コストが高くなろうと、シカ、クマ、トラ、ヒョウなど大型ほ乳類を含め、多様なほ乳類の通行にとって、もっとも有効な対策を。」「森林部分については一切伐採を行わず、地上から高く橋梁を架設し(高架橋)、道路が森林をまたぐようにすべき。」と主張していました。そうした中、森林環境省所管のインド野生生物研究所(WII)が、報告書を発表、NHAIの影響緩和策に対して、「拡幅後の道路幅の縮小(60メートルから45メートル)は、1時間に6,000台という交通量が変わらない限り、交通事故をかえって増加させる。したがって根本的な解決にはならない」、「高さ3メートル、幅6メートルサイズのボックス・カルバートは、この地域の(中・大型の)野生動物の通行には適していない。このようなボックス・カルバートは基本的に排水用に考案されたものに過ぎない」と批判し、「高さ7メートル、幅1000,1500または2000メートルにおよぶアンダーパス(道路下通路)を設置すべきである」と提言しました。

2012年に専門家の提案について報じたTimes of Indiaの記事

NHAIは大型のアンダーパス設置を検討するとはしたものの、2015年にその数を3ヶ所のみにすると発表しました。またも裁判となり、高等裁判所はNHAIの工事計画を退けています。その後もNHAIのアンダーパスの設置個所や数にかかわる測量ミスが発覚したこともあって、影響緩和策が練り直されていましたが、ようやく2020年2月に決着、今年工事が始まることになりました。

 具体的な影響緩和策の内容は、約60 kmにわたる区間中、森林コリドーを通過する箇所の道路下に、高さ5m、幅がそれぞれ690m, 238m, 814m, 773m, 742mという5基のアンダーパスが設置されるというものです。満点の内容ではないものの、トラなどの中大型野生動物の移動は確保できそうです。

この成果は、すばらしいとしか言えない内容です。(日本ではありえないことですが)このようなことが実現したのは、野生生物保護の法制度、市民が自然保護のために裁判を起こすことができ、最高裁判所が国家プロジェクトといえど、大胆に工事を止め、開発行政と環境行政の調整役を果たせるような司法(裁判)制度のあり方によるところが大きいと言えます。それを支えるのが、インド社会におけるトラや森林に対する価値観、インドの自然保護NGOの力量といえるでしょう。次の寅年、そしてさらにその次へ・・・インドのトラの将来に希望を持たせてくれる朗報でした。

(JTEF事務局長 坂元雅行)