トラとその保全

トラとその保全について

トラの分類

トラ(Panthera tigris)は、ヒョウなどの大型ネコ科動物と同属で1種から成ります。20世紀初頭には9亜種(別種とまではいえないものの、お互いの間で相当の変異が見られる、種の地域的グループ)いましたが、バリトラ、カスピトラ、ジャワトラ、アモイトラの4亜種が絶滅。現在5亜種が細々と生存しています。

Panthera tigris tigris ベンガルトラ Bengal tiger
生息国:インド、ネパール、バングラデシュ、ブータン
Panthera tigris altaica アムールトラ、Siberian tiger
生息国:ロシア(ウスリー東部)中国東北部
Panthera tigris corbetti  インドシナトラ、
生息国: タイ、ミャンマー(カンボジア、ラオス、ベトナムからは消滅)
Panthera tigris sumatrae スマトラトラ Sumatran tiger
生息国:インドネシア(スマトラ島)
Panthera tigris jacksoni マレートラ Malayan tiger
生息国:半島マレーシア

トラの形態

トラは最大の野生ネコです.ベンガルトラのオス成獣で全長(鼻先から尾の先まで)3m,体重200~260kg,メスはやや小さく100~160kgになります。過去には,アムールトラが亜種の中で最大と思われてきましたが,近年の実測結果はアムールトラがベンガルトラより大きいとは言えないことが示されています。スマトラトラは,これよりも小さく,成獣のオスで全長2.2~2.5m,体重100~140kg.成獣メスは75~110kgに過ぎません。ジャガーまたは大型のヒョウ程度の大きさです。ただし,身体の大きさやその他の形態的特徴(毛皮の色など)は,亜種どうしの比較で決定的に異なっているというわけではないとされています。

いずれにしても,しなやかな体,柔軟な脊椎,筋肉質の後肢(後ろ脚)などがすべてのトラに備わっており,速さ,敏捷さ,強力さの源となっています。

トラの分布

トラは、20世紀初頭には、東トルコからオホーツク海に至るまで、アジアに広く分布していました。熱帯性落葉樹林からシベリアのカバノキ林、川と海が出会うマングローブ林、ヒマラヤ山麓の深い草原というように多様な環境に適応してきたのです。しかし、現在の分布は、歴史的なそれの7%にまで減少してしまいまいました。

分布図

トラの個体数

地球上に存在するトラの総数は3,726頭と5,578頭の間で、最善の推定値は4,485頭と考えられています(2021年時点の評価)。ここには、仔トラの数は含まれていません。かなり幅のある数字ではありますが、国際自然保護連合(IUCN)が公表するレッド・リスト評価を行った専門家たちによれば、(過去に発表されていた数字と違い)完全とは言えないものの、まずまず厳密と言える初の推定値だということです。また、この数のうち、(将来的な種の存続可能性を評価する基準となる)成熟個体の数は、2,608頭と3,905頭の間で、3,140頭が最善の推定値だとされています。

IUCNのレッド・リストでは、絶滅のおそれが「非常に高い」(EN)とされています。3世代(アジアゾウの世代期間は7~10年なので、21~30年)の間に個体数が50%以上減少したこと(減少またはその原因が収まっていない場合に限る)が理由です。

トラの生態

熱帯雨林や落葉樹林・針葉樹林・乾燥林・マングローブの湿原など様々な環境に生息する適応力があり、ネコ科動物には珍しく水が好きで泳ぎも得意です。食性は動物食で、主に哺乳類(シカ類、イノシシ、ガウル=野生のウシ等)を食べます。ツキノワグマやナマケグマ・ヒョウなど他の肉食獣も捕食することもあります。 大型の獲物が得られないときはヤマアラシ類などの齧歯類、鳥類、カメ類、カエル、魚類などの小型の獲物も食べます。水辺でワニを狩るトラもいます。長距離は走らず、獲物を発見すると茂みなどに身を隠し近距離まで忍び寄り、獲物に向かって跳躍して接近し、主に獲物の側面や後面から前肢で獲物を倒し、噛みついて仕留めます。狩りの成功率は低く10 – 20回に1回成功する程度で、獲物は茂みの中などに運び、大型の獲物であれば数日をかけ何回にも分けて食べます。

トラの社会

群れは形成せず、繁殖期以外は単独で生活しています。縄張りは獲物の多さによって決まりますが、3-4頭のメスの縄張りを囲むようにオスの縄張りがあります。メスの妊娠期間は100日程度で1回に2-3頭の子どもを産みます。メスのみで幼獣を育て、幼獣は生後18 – 24か月は母親の縄張り内で生活し徐々に独立しますが、新天地を求める若いトラがなかなか縄張りを持てず、すでにあるオスの縄張りに入ると殺されることもあります。生息地が狭められ、分断されつつある近年はとくに、生息環境の整った新しい縄張りを確保することがむずかしくなっています。

参照文献

Goodrich, J., Wibisono, H., Miquelle, D., Lynam, A.J., Sanderson, E., Chapman, S., Gray, T.N.E., Chanchani, P. & Harihar, A. 2022. Panthera tigris. The IUCN Red List of Threatened Species 2022

Mel Sunquist, 2010, What is a tiger? Ecology and behavior, Tigers of the World -The Science, politics and conservation of Panthera tigris-, Academic Press  など

トラの保全のためになされるべきこと

第1の脅威:生息地の消失・分断化を招く土地の改変・収奪と、それに対する保全策

現在トラの危機をもたらしている脅威のひとつは、人間の土地利用による生息地破壊です。
トラ本来の生息地である森林が、水田や油やし(オイル・パーム)プランテーションなどの農地、入植者の集落、金属や石炭の採鉱場に転換され、あるいは道路、鉄道、パイプラインなどによってズタズタに分断されています。特に第二次世界大戦後、かつてのトラの生息域は、トラが使える場所と、人間のせいで使えなくなった場所とのつぎはぎ(パッチワーク)状態になっていきました。

トラは狭い森林パッチ(断面)に押し込められ、さらにそのパッチは集落と放牧された家畜に取り囲まれました。林内に過剰な燃料木伐採の手が入り、大量の家畜が放牧されています。その家畜を襲ったトラは村人の怒りを買い、「害獣」として銃や毒によって違法に殺されてしまいます(20世紀には、ロシアや中国で大量のトラが報奨金付の害獣として合法的に大量殺戮されました)。

繁殖したトラを新天地に送り出している生息条件のよい森林パッチ(断片)を中心に、トラの重要な生息地となっている森林パッチをできるだけ保護地域に指定し、その内部での環境悪化を防止することが必要です。しかし、広大な土地を必要とするトラの生息地の確保は、保護地域の中だけで達成することは困難です。トラを長期にわたって存続させるためには、より広く、複数の生態系を含む地域(ランドスケープ)のスケールで考えることが必要です。繁殖が行われたり分散してきた若トラを迎え入れたりする森林パッチ(保護区はこのような生息地の一部を囲んで指定されていることが多い)や、森林パッチが完全に切り離されないよう、森林パッチ間を「渡り廊下」のように行き来するための土地=コリドーを確保することが必要です。トラは、身体が大きく群れで行動するゾウとは違って、草地や樹林地が続いていなくても、身を隠せる小さな樹林地や茂みを飛び石状に利用して移動できます。小川などを通路として村落さえも抜けていきます。開けた耕作地や水田が広がる場所では、夜を待って移動します。親から独立し、自分の縄張りを求めて分散していく若いオスの場合は特にそうです。しかし、長距離の移動を考えると餌となる野生動物が生息することが必要ですし、人や家畜への被害の可能性を考えると、コリドーは連続した森林であることが好ましいのです。

保護地域に指定されなかった生息地(とくに保護地域に隣接する土地)においても、トラを完全に排除するのではなく、可能な限りトラとの共存をはかる必要があります。そのためには、地域住民と協働して行う共存のための暮らしの構築です。そこには、地域住民に対する人身被害や農作物被害を予防するための対策、一定の被害を受忍してもらうための被害補償、暮らし向上に対する支援、保全に関する教育普及活動が含まれます。これらの取組みの成否は、地域住民との協働が形だけのものでないこと、それぞれの地域のニーズを反映した内容であることがカギとなります。

第2の脅威:野生個体群の崩壊をもたらすトラとその餌動物の密猟と、それに対する保全策

トラの危機をもたらす脅威のもうひとつは、商業目的の密猟です。歴史的にはインド植民地時代にイギリス政府の役人とそれに追随するインドの地方有力者がトラのスポーツ・ハンティングに興じ、膨大な数のトラが殺されたことがよく知られていますが、それが許されなくなった後は密猟が大きな問題となっています。

虎骨の違法取引事例は世界各地で後を断ちません。密猟の主な狙いは、毛皮や、漢方薬の原材料にする骨にあります。日本でも以前は中国などから輸入した虎骨入り漢方薬を合法的に販売していましたが、2000年4月から禁止しています。虎骨入りの漢方薬の主な生産国は中国と韓国ですが、国際的非難の中、両国でも現在は虎骨入りの漢方薬の販売が禁止されるに至っています。しかし、虎骨に対する需要には根深いものがあり、中国は国内販売解禁の機会をうかがっています。犯罪組織も絡んだ国境を越える虎骨や毛皮の違法取引を撲滅するには、ワシントン条約の規制をベースに、トラの生息国、消費国を含め、トラ製品の国内取引禁止(市場閉鎖)を継続し、需要を徹底的になくすことが必要です。

タイガーファーム

1986年に中国の黒竜江省で初めて虎骨の商業利用を目的としたトラの飼育施設=「タイガーファーム」が開業し、そこで繁殖したトラ由来の虎骨入り漢方薬の販売が行われるようになりました。1993年にワシントン条約の遵守を求められた中国は、トラの身体部分の国内取引を禁止しましたが、タイガーファーム自体は動物園や研究所などの名称のもとに残っていきます。また、2000年頃からはタイガーファームが東南アジアに広がっていきました。今日、中国、ベトナム、タイ、ラオス、南アフリカ(トラが生息しない国です)など世界のトラファームには野生下の個体数の3倍を超える1万2500頭のトラが飼育されていると推定されています(2022年時点)。タイガーファームは、野生個体を違法に受け入れる温床となる可能性があるだけでなく、「天然もの」の虎骨や毛皮などの需要を刺激して、密猟・違法取引を盛んにするおそれを秘めています。