ブログ:現在の住処を追われ、300年前の元生息地にさまよい出たゾウ。被害を防ぎつつ、ゾウを受け入れるための住民チームを編成

620 644 Japan Tiger Elephant Organization

1990年代後半からの20年間、中部インドのジャルカンド州およびオディッシャ州のゾウの生息地は、違法伐採、不法侵入、鉱山採掘などによって大きく劣化してしまいました。そのため、ゾウは非常に混乱した移動を始めます。小さな森林パッチを利用しながら行き着いた先がチャティスガル州[1]。長らくゾウが姿を消していたチャティスガル州では、人とゾウとの間にコンフリクトが高まり、2005~2014年には14頭のゾウが感電死させられる結果になりました。その一方、2009~2015年に164名の人命もコンフリクトで失われています[2]。チャティスガル州で弾圧されたゾウは、そこを出発して、さらに西のマディヤプラデーシュ州へ出現するようになりました[3]


[1] WTI. 2023


[1] Sandeep Kr Tiwari, Subrat Kr Behera, K Ramkumar, Chanchal Kr Sar, D Swain and R Sukumar. 2017. Elephant corridors of central India. Right of passage–Elephant corridors in India. (2nd Edition). Wildlife Trust of India

Tiwari, et al. 2017 c 146~147頁

[2] P S Easa . 2017. Asian elephants in India: A review. Right of passage elephant corridors of India (2nd Edition). Wildlife Trust of India

[3] Tiwari, et al. 2017

そしてついに、ゾウはその南側のマハラシュトラ州にも現れるようになりました。2021年10月、北側で同州ゴンディア県に接し、東側でチャティスガル州に接するガッチロリ県に24頭前後の野生ゾウが突然訪れ、5か月間とどまった後、チャティスガル州へ戻っていきました。この群れも、もともとはオディッシャ州に定住していたものが、最近ジャルカンド州、チャティスガル州へと移動し、ついにはマハラシュトラ州にたどり着いたと推測されています。続く2022年8月、この群れは再びマハラシュトラ州へ進路を取り、ガッチロリ県のさらに北西のバンダラ県(以前訪れた場所から123km離れている)にも現れました。バンダラ県では、野生ゾウが現れるのは56年ぶりのことです。その後、ゾウ達はすぐにガッチロリ県に戻っていきました[1]

マハラシュトラ州ガッチェロリ県に突如出現したゾウの群れ

2022年9月30日頃には、このゾウの群れが、ガッチロリ県の北側で隣接するゴンディア県のナワゴン国立公園に現れました。ここはゾウが300年前に生息していた場所です。近年ゾウがガッチロリ県に現われるようになったのは2022年で3年目となりましたが、地域社会で騒ぎが起きたためか、ゾウはナワゴン国立公園に移動したとみられています。WTIとJTEFトラ・ゾウ保護基金の中部インドでのプロジェクトを長年支えてきたプラフーラ・バンブルカーさんによれば、「ナワゴン国立公園のHatti Pangdiやナグジラ野生生物保護区のHattikhodraは、歴史的なゾウの捕獲地だった」と言います[1]。ゾウは、ナワゴン国立公園におよそ5か月間とどまりましたが、その後は再びガッチロリ県に移動します[2]。一部の保全論者からは、ゾウとそのコリドーの長期的保全のために、ガッチロリ県の一部およびゴンディア県の一部をゾウ保護区に指定すべきだとの声もあがるようになります[3]


[1] The Times of India dated on Oct 1, 2022: “Wild elephants retrace ancestral route, reachdoorstep of Navegaon National Park”

[2] プラフーラ・バンブルカー氏による。

[3] The Times of India dated on Oct 1, 2022

ゾウが自然に分布を広げることは本来望ましいことです。しかし、今回のゾウは近年の生息地の環境が悪化したために放浪を余儀なくされたものであり、まだ新たな生息域を確立したとは言えない不安定な状況にあります。しかも、放浪・一時滞在している場所は、歴史的にはゾウが栄えた生息域とはいえ、今はゾウのいる暮らしの記憶がない人々の生活の拠点になってしまっています。地域住民の間にパニックが起きるのは当然と言えるでしょう。一気にコンフリクトが高まり、その結果ゾウが悲惨な形で排除される事態に陥ることが当然、懸念されます。幸い、ゾウのコンフリクトがもっとも激しい地域の一つである西ベンガル州南部で活動した経験のある、自然保護活動家であるサグニ・セングプタ氏が、森林局を助けてゾウの移動を監視したおかげで、そのような事態は避けられていました。

セングプタ氏は地域コミュニティーに働きかけてコンフリクトを防ぐべく、WTIの緊急行動プロジェクト(Rapid Action Project: RAP)による支援を求めました。そこでWTIはJTEFの支援を得て、ガッチロリ県で地域住民とゾウとのコンフリクトを緩和するRAPを実行することにしたのです。

村人で編成された緊急対応チーム(QRT)

具体的には、ガッチロリ県ワドサ森林区内の3つの森林管理区域(Range)すなわちワドサR.に2つ、マレワダR.に3つ、 クルケダR.に3つと計8つの村人から成る緊急対応チーム(Quick Response Team: QRT)が編成されました。QRTは、ゾウが村とその農地への接近を監視し、ゾウを発見したらすぐ森林局に連絡するとともに、ゾウの動きを記録します。

JTEFとWTIは、2022年12月までに、ゾウの監視と追い払いのために、QRTメンバーとワドサ森林区の現場スタッフに懐中電灯を支給しました。1,000人にのぼる住民への意識喚起も実施されました。また、2023年1月にはワドサ森林区内のクドゥケラ森林管理区域およびマレワダ森林管理区域(ナワゴン国立公園の南東にあり、森林でつながっている)の現場スタッフ100名に対するキャパシティー・ビルディングのワークショップも実施しました。

2023年3月、(ナワゴン国立公園から移動してきた)ゾウの群れによるコンフリクト事件がQRTによって確認されましたが、深刻な被害が起きる前に善処することができました。この一件の後、ゾウの群れは森の奥に移動したため、コンフリクト発生の危険はいったん遠のいています。

ワドサ森林区スタッフに懐中電灯を支給

2023年4月、ゾウの群れが再び村へ接近しましたが、地域住民のQRTは、森林管理局と協力して、5回にわたってゾウの群れを村から遠ざける措置をとりました。その甲斐あって、農作物被害は最小限に食い止められました。

ゾウの群れは、以前はガッチェロリ県東側のより広大な森林帯(ベドガオンR., プラダR., マレワダR.)に滞在していました。しかし、2024年2月の現時点では、ワドサ森林区の西側に位置するワドサ森林管理区域(レンジ:R.)、アルモリR.、ポルラR.、クルケダR.、デランワディR.の境界付近に南北に伸びる森林帯に滞在するようになっていました。この森林パッチは水田を中心とする農地に囲まれているるのですが、ゾウはここに潜み、そこから四方八方、農地へ採食に現れる状況となっていました。

ワドサ森林区に含まれる各森林管理区域(レンジ)。緑色枠は大まかに森林におおわれている箇所。

副森林保全官の話では、最近アルモリR.辺りで子ゾウが生まれており、子ゾウが長距離を移動できないため、この森林パッチにとどまっているのではないか、その後はより広い東側の森林に移動する可能性もあるということでした。しかし、この森林パッチへの滞在が一過性のものかどうかは予断を許さないように思われました。ガッチロリ県は深い森林は豊かですが、自然草地に乏しい環境です。ゾウは森林と草地がモザイク状になった環境を好みます。しかも、農地では自然草地よりもより豊富な栄養を摂れます。ゾウが森林に接する農地を積極的に利用することには十分な合理性があるわけです。

ワドサ森林区(Division)を訪問し、副森林保全官(Deputy Conservator of Forest: DCF)

監視しなければならない範囲が広くなったことで、森林局も対策に難儀することになりました。そこで、QRTは現在、森林局の主導で、ワドサR.、アルモリR.、ポルラR.、クルケダR.の一部、デランワディR.の一部で編成され、活動しているとのことでした。WTIとJTEFの支援で始まったQRTがその後、地元森林局とコミュニティーの努力で、新たなエリアでも編成され、活躍するようになっていることは心強いことでした。

QRTのメンバーはスマートフォンを持っているので、WhatsAppを使ってメンバー間または森林局と連絡をとっています。ゾウが農地に入っていれば、駆けつけた森林局が追い払いを行うのです。QRTはまた、地元の人々にゾウに近づかないよう注意喚起しつつ、事故が起きてもコミュニティーがパニックに陥らないよう働きかけを行います。後述のとおり夜中にゾウと遭遇して襲われるなど、死亡事故が現に発生しているのです。一方、この間1頭のゾウがワドサR.内で感電死した例もあります。副森林保全官は、この感電死わなはイノシシを狙ったものだったと説明していましたが、地域住民による報復の可能性はないのでしょうか。非常時に地域コミュニティーが冷静に行動するうえで、QRTの役割は大きいと言えます。

ガッチェロリ県は県土の60~70%が森林に覆われているマハラシュトラ州随一の森林県です。先住民族が多数を占め、70%以上の人々が旧来どおりの経済的にはあまり発展していない生活を営んでいます。そのため400頭程度のゾウが生息するキャパシティーはあるだろうというのが、ワドサ森林区副森林保全官の意見でした。ゾウがやってくればチャティスガルへ追い返すことはできないし、すべきでもないから、我々はそのような事態に備えなければならないと続けます。これは、ゾウにとって実に心強い発言と言えます。

一方、セングプタ氏は、課題は、地域住民の間にQRTにボランティアで参加するインセンティブをどう生み出すかだ、と指摘していました。氏は、その一つの答えとしてゾウ保護区に指定された区域については中央政府の予算が付くので、ガッチェロリ県の一定範囲をゾウ保護区へ指定し、QRT参加者に経済的見返りがあるようにすべきだと主張しています。また、マハラシュトラ州は、他の州と比べ被害補償額は充実しているのですが、セングプタ氏はそれでも満足ではないと考えています。確かに、既に述べたように、四方八方、広範囲にゾウが出現する状況では、ゾウの出没の仕方だと、ソーラー(電気)フェンスも有効な策ではない。そのような広範囲に張り巡らすことなど不可能だからです。中途半端な設置をすると、特定のエリアが集中的に被害を受けることにもなります。結局、現段階では、セングプタ氏が言うように、地域に対して保全に参加する経済的インセンティブを高める努力をしつつ、QRTの展開によって被害を未然に防止すること、そして被害発生の際には迅速・適切に補償を行うというのがベストな対策と言えそうです。

18時を過ぎ、辺りは暗くなり始めていたが、副森林保全官からのお誘いを受け、現場へ直行しました。到着した場所(ドンガルガオン)は、森林パッチの西側の境界部でした。そこにはQRTチームのメンバーが既に10人近く集まっていました。ゾウは森林パッチ内にとどまっていて、農地に出てくる気配はなかったが、現場は騒然としています。直前にトラに家畜が襲われたという情報が入ったためでした。やがて森林局のドローン・チームが車で到着し、トラの足取りを確認すべく急遽森林局のドローンが飛びたちました。

2024年2月19日ゾウが夜間に潜んでいたドンガーガオンの森林パッチの位置(黄色の風船マーク)。                   2024年2月19日に主にゾウの群れの動きを監視するQRTが、トラによる家畜被害の急報を受け急行していた。

 トラについては、ワドサ森林区管内で16頭のトラを確認しているということでした。トラの被害はほとんどが森林内ではなく、その境界部で起こっているといいます。これらのトラは個体識別されていて、被害が発生したら迅速に捕獲が試みられるそうでした(捕獲したトラは保護地域等に移動させられます)。