What's New

アフリカゾウの密猟はどれほど深刻なのか

坂元 雅行
(認定NPO法人トラ・ゾウ保護基金事務局長)

どのくらいの数が密猟されているのか

アメリカのNGOである野生生物保全協会(WCS)は、そのホームページで2012年におよそ3万5千頭が象牙目的で密猟されたと公表し、事態の深刻さを強調している。

  国連環境計画(UNEP)、ワシントン条約事務局、国際自然保護連合(IUCN)らの報告書(1)でも、2011年は、ワシントン条約公式プログラムである「ゾウ密猟モニタリング」(MIKE)によるモニタリング地点(カバーしている個体数はアフリカの全個体数の40%)の全個体数の7.4%のゾウが密猟で殺されたという。その数は、推定1万7千頭にのぼるという。

上記のUNEPらの報告書の中でゾウの密猟状況に関して引用されているMIKEの最新報告書2によると、1年間に密猟によって殺されたゾウの数の全個体数における割合が推定されている。これによると、2011年に密猟で殺されたゾウは、アフリカ大陸全体の個体数の3.5~11.7%と推定されるという*。現在のアフリカゾウの個体数は、アフリカ大陸全体で、「確実」なところで約42万頭(「おそらく」存在する数を加えると約50万頭3)であるから、1万5千頭~4万9千頭のゾウが密猟された計算になる。その中間をとると、ほぼWCSの2012年推定値と一致する。

*推定には上限と下限でかなり幅があるのは次の事情による。後述するようにMIKEはアフリカ大陸の4つの地域(南部、東、中央、西)ごとにゾウの死亡における自然死と密猟死の割合を推定している。全個体数における密猟による死亡数を推定するには自然死亡率の絶対値が必要になるが、それがはっきりわからないためである(2)。

アフリカゾウの個体数は減っているのか

このように、現在密猟によって殺されている(自然死は含めない)アフリカゾウの数は、年間3万5千頭、もしかするとそれ以上にのぼるようである。もっとも、これはあくまで密猟で死亡した数であり、ゾウの数がそれだけ減ったということではない。密猟以外の原因で死亡するゾウもいるし、逆に新たに誕生する命もある。
しかし、この点でもMIKEの報告書は厳しい現実を突きつけた。アフリカゾウは、南部、東、中央、西の4地域を含むアフリカ大陸全域において減少している可能性があるというのである(2)。
MIKEによれば、ゾウの死亡全体における密猟死は、2006年以降、密猟死の割合が増加し、2011年は2002年にデータを取り始めて以来もっとも高く、アフリカ大陸の全地域(南部、東、中央、西)で0.5以上、つまりゾウの死の半分以上が(自然死でなく)密猟によるものだった。このように自然死亡数を密猟死数が上回るような状況は、密猟による減少が自然増(産まれてくる数から自然死する数を引いたもの)よりも多い、つまりアフリカゾウの個体数が減少に向かっている可能性が高いことを意味している(2)。
これまでアフリカゾウが増加しているといわれてきた南部アフリカについてさえ、減少の可能性が指摘されているのである。MIKEは、南部アフリカの個体数全体に対する密猟死数の割合は、最大で5.9%と推定している2。ゾウの自然な個体数の増加率(出生率から死亡率を差し引いたもの)は通常年5%を大きく超えることはないから2、確かに個体数が減少に向かっている可能性がある。
国連環境計画、ワシントン条約事務局らも、この密猟のレベルは、ゾウの個体群を大陸のほとんどの場所において深刻な減少に向わせる可能性があると警告している(1)。

アフリカゾウはどのくらいのスピードで減少しているのか

西アフリカでは収集されたデータが少ないが2、20世紀に入る前に既に小さくなってしまった地域個体群が多く(1)(「確実」なところで7千頭に過ぎない(3))、密猟の増加は致命的な影響を与える。東アフリカでも密猟が非常に激しくなっている。ケニアでは、特にツァボ国立公園およびサンブル・ライキピア生態系で、タンザニアではセルー・ミクミ生態系で事態が深刻化している(2)。

しかし、現在、特に深刻視されているのが熱帯林に覆われた中央アフリカのゾウの密猟である。中央アフリカのゾウの多くは、森林性のマルミミゾウまたはシンリンゾウLoxodonta africana cyclotisというアフリカゾウの亜種とされるものである。ただし、アフリカゾウと別種とすべきだという意見も強い4。中央アフリカのゾウの個体数は、「確実」なところで2万頭、「おそらく」存在する数を加えると8万5千頭である(3)。
MIKEによると、中央アフリカのMIKEサイトのゾウは5.8~22.9%(中間値14%)が2011年に密猟で殺されたと推定されている2。ゾウの自然増加率を5%とすると、この年には年9%もの割合でゾウの個体数が減少したことになる。推定個体数例えば85,000頭をもとにして年9%(14マイナス5%)が減少し続けたとして計算すると、個体数は7年後に半減、最後の1頭が消滅するまでの年数を単純に計算すると101年となる。半減までの年数と比べて完全に絶滅するまでに時間がかかるのは、数が減れば減るほど、9%の重みが小さくなってくるからである。

ゾウ絶滅へのストーリー:小さくなってしまった個体群の運命

しかし、現実には101年を要することはないだろう。ゾウの生存にとっての脅威は密猟だけではない。また、密猟によって個体数が減れば減るほど、それ以外の脅威の影響も大きくなる。
生物が絶滅に向かうとき、まず個体数の減少傾向が現れる。個体数が減少し続け、一線を越えた小さな個体群になってしまうと、絶滅のおそれは一気に高まる(5)。
小さな個体群では、相性のよい配偶相手を見つけることが困難になる。近親交配により生存能力や繁殖能力の低い子孫しか残せなくなっているかも知れない。さらに、それだけでなく、偶然によってその命運が支配される状態になってしまっているはずである。この偶然には、ある世代が適応的に生きる能力が低い個体ばかりになってしまうというものや、気象条件や他の生物との関係のような環境条件にめぐまれないというもの(気温が低い年が連続、地球温暖化による植生の変化の進行、病気の蔓延(ゾウの場合炭疽菌など))である。小さな個体群だと、このような偶然にすら翻弄されやすくなるのである。とくに恐ろしいのは、環境の偶然的な変動の中でも予測のつかない自然災害、つまり干ばつ、大規模な森林火災、火山の噴火、洪水などである。このようなことがたまたま起きると、全体の数が小さいほど、すべてが消し飛ぶ確率は高くなる。
このような「小さな個体群の絶滅のルール」を、ゾウの場合に当てはめてみる。アフリカゾウの一部の個体群、とくに西アフリカには既に小さくなってしまった地域個体群が多い。
ゾウは、今日縮小したとはいっても、他の動物と比べて広大な範囲に分布している。個体数が非常に小さくなって分布域の中で分散するような状況になると、当然配偶相手を見つけられなくなってしまう。
ゾウは母系の群を中心とした複雑な社会を持っている。経験のあるリーダーメスが次々に殺されれば、仮に若い個体が残っても、適切に群を維持・統率し、様々なリスクを回避していくことは難しい。
また、大きなグループは、ライオン等の捕食者から若いメンバーをより良く守ることができるが、密猟によって群サイズが小さくなるとそれが難しくなる。
さらに、無差別的な殺戮の中にあって、大きな象牙を持つオスが特別な標的にされたとすると、個体群内の繁殖に影響が及ぶ可能性がある。メスはより長い牙をもつオスを選択している可能性があるといわれる6。また、ゾウのオスは一般に、老齢の域は除いて高齢であるほど、発情期後期のメスの囲い込みに成功する(成功例の90%は35歳以上だったという報告がある)(4)。
最後に、時としてアフリカを襲うエルニーニョ現象による大規模な森林火災や干ばつ等々の自然災害は、小さなゾウの個体群を壊滅に追い込む脅威になるだろう。

ゾウ絶滅へのストーリー:一定サイズのあるゾウの個体群も絶滅の渦に巻き込まれつつある?

では、まだ小さな個体群におちいっていないものはどうか。アフリカゾウも、それぞれの地域個体群によって、その個体数や環境条件は異なっており、今のところ簡単に消し飛ぶほど小さな個体群とはいえないものも多数あるはずである。しかし、既に述べたように、アフリカ全体で個体数は減少傾向にあるのだ。 このような衰退しつつある個体群は、下手をするといくつもの要因が互いに絶滅を加速し合う「絶滅の渦」に巻き込まれるおそれがある。この悪循環をもたらす主要な要因は、生息地の分断・孤立化である(5)。
もともと生物は存在する空間に不連続に分布している。そうなるのは、餌場や隠れ場所が不連続に分布していたり、移動能力の限界などによる。こうして細かくみると、局所的な個体群がいくつもあり、しかしそれぞれの局所個体群も実は薄い結びつきをしているという構造になっていることが多い(5)。例えば、AのエリアとBのエリアに数十頭ほどのゾウの局所個体群があり、AのゾウとBのゾウは普段はあまり出会わないが、たまにAのオスゾウが放浪してBにたどり着き、配偶相手と結ばれることが起きるというような場合である。局所個体群は消滅してしまうものもあれば、新しいものができることもある。しかし、そのトータルの間の「薄い」交流が維持されて、全体の地域個体群(メタ個体群)が支えられている。生息地が人間の手によってズタズタに分断され、分布している空間の中での交流ができなくなると、全体の地域個体群を支えていたメタ個体群構造が破壊されてしまう。
今日、アフリカゾウの生息が「知られている」区域と「可能性がある」区域を合わせたもののうち、29%が人為的な開発によって著しい影響を受けている。ほぼ手つかずの南部アフリカの生息域を除くと、その割合は63%にもなる1。鉱山開発、森林伐採、大規模農園造成、農地開発、居住のための入植などによる土地の改変が生息地の分断をもたらしているのだ。島のようになってしまった生息地に閉じこめられた個体群は、密猟の容易な標的になり、環境の変動にも影響を受けやすくなり、近親交配も起きやすくなる。これが「絶滅の渦」である。

アフリカゾウを救うのは今

1980年代、象牙目的の密猟によりアフリカゾウの個体数は半減した7。1989年にワシントン条約で象牙の国際商業取引が禁止されたわけだが、それ以来最悪のゾウの密猟、象牙の違法取引が進行中なのである。
2000年代に入ってアフリカ経済が急速に成長している。そのエンジンは資源産業である。大量の外資の導入によってアフリカの地下資源開発、森林伐採などが大規模に行われている。ゾウの生息地に甚大な影響を与えずにはおかないこの大きな変化の中で、既に述べた密猟が激化している。今、アフリカゾウの生息国、象牙消費を含む国際社会、NGO、そして心ある世界中の市民が行動しなければアフリカゾウに未来はない。

引用文献
1 CITES CoP16 Doc.53.1
2 ELEPHANTS IN THE DUST, 2013, UNEP, CITES, IUCN and TRAFFIC
3 Elephant Database (IUCN/SSC)によるの個体数推定(2013年10月26日時点での表示)リンク先
4 R. Sukumar, 2003, The Living Elephants, Oxford Press, UK
5 鷲谷いづみ, 2010, 絶滅のおそれのある種の保護 保全生態学からみた保護の考え方, 改訂生態学からみた野生生物の保護と法律, 講談社サイエンティフィク
6 R. Sukumar, 2012, Story of Asian Elephants, Oxford Press, UK
7 Ivory Trade Review Group, 1989, The Ivory Trade and Future of the African Elephants



現地パートナーリンク集リンクのお願いお問い合わせ個人情報保護方針