トラのニュース & JTEFのコメント
トラ以外の生物にも目を向けるべき時だ
インドではベンガルトラの保護のために多くの予算が割り当てられていますが、トラ以外の絶滅危惧種を守るにはどうしたらよいのでしょうか。特定の種だけではなく、生物多様性全体を守らなければなりません。
野生生物犯罪やインドの生物多様性の保全にかかわるさまざまな問題はほとんどとり上げられていない。
昨年度の予算では野生生物保護に34億60万ルピー(59億8000万円 1ルピー=1.76円 2012/ 2/8)が割当てられたが、そのうちプロジェクト・タイガーには16億7700万ルピー(29億4900万円)が配分された。
インドの野生生物保護予算ではトラに最大額が割当てられ、大きく開いてゾウが続く。まして野生生物犯罪やインドの生物多様性の保全にかかわる様々な問題などほとんどとり上げられない。
財務省高級官僚が翌年度予算の作成にとりかかるが、トラのみに執着し、あらゆるほかの種を無視してきた現状は悪化こそすれ改善は見込めないだろう。折しも国家的動物を保護するインドの代表的な保護計画であるプロジェクト・タイガーは40周年を迎えるのだが。
昨年3月に発表された2012-13年度の国家予算では、環境森林省に243億ルピー(427億4000万円)が配分され、そのうち34億60万ルピー(59億8000万円)が野生生物保護に割当てられた。
国家トラ保護機関の管轄下にある国家的組織であるプロジェクト・タイガーにはそのうち16億7700万ルピー(29億4900万円)、プロジェクト・エレファントには2億2580万ルピー(3億9700万円)が割当てられた。インドの生物多様性を破壊し、数十年にわたる保護努力を逆行させている野生生物犯罪に対してはわずか6300万ルピー(1億1000万円)しか当てられなかった。反政府グループが野生生物犯罪を資金源としているにも関わらずこの始末である。
プロジェクト・タイガーにより保護される地域はインド全地域の2パーセントほどである。それはインドのような多様性に富む国の保全をまかなうのに十分だろうか。最近開催された国家野生生物審議会の常任委員会において、トラの生息地以外に棲む絶滅危機種の保護について保護活動家から環境森林大臣に対し質問があった。環境森林省としては資金不足のためあまり何もできないという答弁しかできなかったようだ。
インドの野生生物保護対策は、限定した種のみを保護し、トラを異常なまでに特別視するなど大型動物を偏重する非常に不均等なものである。「トラは食物連鎖のトップであり、ほかの種の健全性をはかる良いバロメーターであるから、トラの保護は森林のエコシステムにつながる」という説をよく聞かされる。
なぜトラに執着するのか。「絶滅に瀕している種は多いのにほとんどが取り上げられません。アンダマン・ニコバル諸島 やヒマラヤ山脈などトラがいない地域の種はどうなるのでしょうか。プロジェクト・タイガーによって保護されるのでしょうか。河川や海洋の種やグジャラード州やラージャスターン州の広大な草原はどうなるのでしょうか」とボンベイ自然史研究会(Bombay Natural History Society)の会長であり国家野生生物審議会のメンバーでもあるアサド・ラマニ氏は訴える。
「プロジェクト・タイガーは成功しましたが、いろいろな種類の生息地保護や生物多様性の保全をもっとサポートする必要があります。トラは生物多様性の一部にすぎないということを忘れてはいけません」とラマニ氏はつけ加えた。
インドは世界中で豊かな生物多様性を持つ12ヶ国の一つである。そこには地球上の哺乳動物種の7.6パーセント、鳥類の12.6パーセント、爬虫類の6.2パーセント、花を咲かせる植物種の6パーセントが生息している。
インドの動植物132種が国際自然保護連盟(IUCN)認定レッドリストのもっとも絶滅のおそれの高い種(CR)として評価されている。
トラはこのCRには選定されていない(2番目に絶滅のおそれの高いENに選定)。しかも、インドに生息するレッドリストで絶滅危惧IA類に記載された15種の鳥類のうち、8種はトラ保護区に生息しないのだ。
1972年、インドライオンに代わってトラがインドの国家の動物に指定されたとき、インドオオノガン(Great Indian Bustard)がもう少しで国鳥に指定されるところだったが、名前の発音に関して論議を呼び、クジャクにその地位を奪われた。現在インドオオノガンの生息数は250羽にも満たず、絶滅の危機にある。
「インドオオノガンは行動がとられるべき優先リストの一つで、ベンガルショウノガン(Bengal Florican)、インドショウノガン(Lesser Florican)、クビワスナバシリ(Jerdon’s Courser)、オオシャコガイ(Giant Clam)、カシミールアカシカ( Hangul)、 バスタール・アジアスイギュウ(Bastar wild buffalo)などとともに種の回復計画をたてています。しかし政府から資金がおりません。」とRahmani氏は訴えた。
「トラに焦点を集中している間に他の種の保護、ホッグジカ(Hog Deer )、バラシンガジカ(Baradingha)などトラの餌食である種までおざなりにしてきました。今や種限定保護政策からすべての種を持続していく景観保全政策に切り替えるときがきたのです。」インドの野生生物保護法(Wildlife Protection Act)の主要な立案者の一人で、Wildlife Preservationの初代会長を務めたM.K. ランジットシン氏は述べた。
しかしこの問題には因習が根付いているようだ。昨年11月に開催された国際クマ会議(The International Conference on Bear Research and Management)で明らかにされたのは、生存する8種のクマのうちヒグマ、ツキノワグマ、ナマケグマ、マレーグマの4種がインドに生息するにもかかわらず、インドのクマの生態学に関する研究や論文があまりないということだ。グジャラード州の小さな森に生息するインドライオン以外には、ヒョウ、ユキヒョウ、リンクス、オオカミ、ハイエナ、ドール、ジャッカル、キツネや他のネコ科小型動物などの肉食動物に関する個体数データがほとんどないのである。
「学生や研究者にとってトラ以外の種の研究費を得るのは困難です。必然的にほとんどの人はトラに関連するプロジェクトに従事するようになります。また、ラフォード自然保護研究助成金など海外からの研究費で他の種の研究をする人もいます」とヒョウの生態を研究する保全生物学者のヴィジャヤ・アトレヤ氏は述べた。
昨年9月ハイデラバードで開催された生物多様性条約において、マンモハン・シン首相は生物多様性保全のために5000万ドル(約27億3000万ルピー=47億9700万円、)を約束した。その金額は首相ほか要人を警備する特別警備グループ用に割当てられた年間予算35億1000万ピー(61億6800万円)にも及ばない。
インド政府は生物多様性の保護を未来への投資とは考えていない。
それは短絡的な考え方だ。人口の激増、生息地の減少をもたらす気候の変化、さらに環境保護対策の欠如など、さまざまな原因により数種の生物が絶滅の危機に瀕している。それは食物連鎖に影響を及ぼすだけでなく、その地域の生物多様性に依存している人々の生活や社会文化の仕組みまでも変えてしまうだろう。
【翻訳協力 石原洋子】
インドほど野生生物の種の多様性に満ちた国はそうありません。その中でトラは生態系を守る鍵となる動物です(鍵種)。また、トラの広範囲に及ぶ行動圏の「傘の下」にある多様な生物はトラの生息地保全の恩恵に浴するチャンスが得られます(被覆種、アンブレラ種)さらに、トラは野生動物保護のメッセージを人々に伝えるシンボル的な動物でもあります(フラッグシップ種)。
とはいえ、トラの保全だけに意識とリソースを集中させれば全ての野生生物が保全されるわけではありません。海に暮らす種の保護を考えれば、それは明らかなことです。また、トラやその餌物動物にとって好適な生息地が他の中小の哺乳類や鳥類にとってそうかというと、必ずしもそうとはいえません。トラの保全を前面に掲げることがその地域の生物多様性保全にとって「万能ではない」ことは認識する必要があります。
一方、この記事にはプロジェクト・タイガーは成功したが、他の生物への恩恵が少なかったというニュアンスが見受けられますが、事実はそうとはいえません。プロジェクト・タイガーは一時的、部分的な成功は収めたかもしれないが、その後トラやその獲物動物の保護に失敗してきたと評価せざるを得ないというのが真相です。現在、トラ生息国が協力しあって国際トラ回復計画を進めていますが、密猟の防止体制の整備、土地利用・開発において生物多様性保全が条件付けられるようにするための試みが進められています。これらは、トラだけに恩恵をもたらす措置ではありません。逆に言えば、トラだけを見ていてもトラは救えないことがようやく常識となり、「トラのために、トラを超えた」保全策が広く講じられるようになったといえるでしょう。したがって、トラの保全の成否は、世界中の多くの生物多様性保全の試みに大きな影響を与えるといえます。