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北京からニューヨークへ:漢方薬の負の側面

Rachel Nuwer、2011年06月29日

代替薬の存在にもかかわらず、昔ながらの治療薬が絶滅寸前の動物の取引を盛んにし、動物の苦痛を増やす。

「写真撮影は禁止です!」甲高い声が辺りのざわめきを切り裂く。ここは中国でも最も大きい漢方薬局のひとつ、白衣の薬剤師が怖い顔で咎めるように指差したのは、明るく照らされた何列ものガラスケースの上に貼り出された、カメラに大きな赤い罰印の貼り紙だ。黄色や赤の絹布が敷かれたガラスケースの中に納まっているものは、数々の乾燥生物とその製品で、ナマコ、トカゲ、鳥の巣や麝香などである。

漢方薬の百貨店、北京同仁堂では、カメラを手に陳列されている乾燥動物について詮索がましくあれこれ質問する好奇心の強い旅行者は薬剤師にすぐに追い払われる。「写真撮影や質問攻めで、薬剤師らは少々イライラしているんですよ」と耳打ちしたのは、中国の若手生態学者ニーン・リウ(Ning Liu)氏だ。このところ漢方薬はこれまでにないほど詮索の的になっており、薬剤師らにはそれが分かっているからだ。

二つの文化

漢方薬の原料には1500種以上の動物の身体部分が使用されており、中でもトラの骨やサイの角などはその動物種の数を著しく減少させる一因になっている。しかし漢方医の多くはこれらの原料に代わるものは無いと考えている。「どれにも治療上の役割があります」と言うのは、大連市にある大連市中医病院の漢方専門医ジュイン・ジョウ(Jun Zhou)氏である。ジョウ氏は、漢方の診療所を3箇所訪ねて、初めて質問に答えてもらえた医師である。ちょうど吸角療法を終えた患者に入念にマッサージを施しながら、氏は、絶滅危惧種から作った製品も含めてすべての原料が必要であると考えていると語った。多くの中国人が同意見であるようだ。ますます増える富裕層は、野生生物製品からステータスを思い浮かべるので、漢方薬の需要は高まっている。

しかし、すべての中国人が漢方医療に賛成しているわけではない。湖南省にある中南大学の科学史・科学哲学教授ヤオ・ゴーン・ジョーン(Yao Gong Zhong)氏は、反漢方薬論争の最先端にいる。氏は、中国の医学誌<医学と哲学>に発表した『さらば漢方医学』と題する2006年の論文において、漢方医学は科学的に立証されていない作られた嘘であると断言した。この見解を支持する人は国内にはほとんどいないばかりか、この考えが『大きな物議をかもし、大衆の批判を浴びていること』を氏は承知している。氏は、漢方の基礎となるイデオロギーには大きな欠陥があると確信しているが、漢方は何世紀も実践されてきた習慣であるので、そうたやすく壊すことはできないと説明する。ジョーン氏の反論者は氏の見解に対して科学的見地からというよりは感情的に反対しているのであり、『“多く”の中国人にはこの問題を客観的に見る能力が欠けている』と氏は言う。

殆どすべての症状に対して治療薬とされるものが存在する。アリクイに似たセンザンコウの胎児のスープは男性の精力増強作用があるといわれている。粉末にした亀の甲羅は熱性疾患に処方され、寝汗を止め、すなわち陰を高めて陽を抑える。乾燥タツノオトシゴは喘息、インポテンス、心臓疾患などの治療に用いられ、蛇油は痛む関節に塗る。これらの動物の多くは、乱獲や生息地の喪失によって既に絶滅の危機に瀕しており、漢方薬としてこれらの動物の身体部分への需要の高まりが、悪い状況をさらに悪化させていると、専門家らは言う。

中国では、サイは既に姿を消してしまった。ジョーン氏の指摘によれば、漢方薬に使用されるサイ製品は今やすべて外国からの輸入であり、他方トラの個体数も減少しつつあるだけでなく、絶滅寸前のチベットオオカミも漢方薬の原料にされるために追い詰められている。そしてこの状況は悪くなる一方であるという。

漢方薬は身体を全体的に治療すると語るのは、杭州市にある浙江中医薬大学のプロジェクトマネージャのイエ・チェン(Ye Chen)氏である。漢方の治療は科学的原理よりもむしろ形而上学的な原理に頼るもので、臨床試験や従来型の科学的検証がしばしば抜け落ちており、多くの治療薬がその効果や安全性についてさえもなんら科学的根拠が示されないままになっている。しかし、チェン氏は、西洋の科学的根拠主導の治療の枠組みの中に漢方治療をあてはめることは公平ではないと考えている。「それぞれの哲学が非常に違うのです」と氏は言う。

ジョーン 氏によると、多くの患者に対して治療の対象となる痛みは肉体的な痛みではなく精神的なものであり、治療薬の多くは非論理的な文化的信仰に基づいているという。例えば漢方医はしばしば、ある動物の漢字とある病気との関連を調べて病気の治療薬を調合する。中国語でカエデはフォン(fong)と言い、同じく通風痛はトン・フォン(tong fong)と言う。この一致が、カエデの樹皮は通風痛を治すという信仰の元を形づくる。語が一致すれば病気の治療薬を発見したと信じるのだと、ジョーン氏は言う。

今日用いられている漢方薬に関する最も古い証拠は、紀元前1600~1100年の商(殷)王朝にまで遡る。漢方薬治療は、何世紀も受け継がれ長い時間をかけて有効性が実証されている漢方薬に大きく依存している。漢方薬は急性あるいは緊急な症状よりはむしろ慢性疾患に対して処方されることが多く、陰と陽の均衡という道教哲学に基づいている。「漢方薬は少々複雑で、誰にでも処方できるというものではありません」と、ジョウ 氏は大連にある自分の診療所で、患者の腕に鍼灸針を刺しながら語った。確かに、漢方薬には西洋医薬に見られる正確でバランスの取れた処方というものが無い。患者一人ひとりの処方薬は、アメリカ人の目にはいいかげんに見えるやり方で注文に応じて調合される。薬局では、薬剤師たちが忙しく動き回り、戸棚をガラッと開けてはこの薬草を一握り、あの薬草を一つまみ、と銀色のバットに放り込んでいく。これらの調合薬は、その後患者の家に届けられ、様々な病気を治療するのである。

チェン氏は、絶滅危惧種の身体部分の使用、例えば、精力増強のためのトラのペニスや『血を冷やし』熱を下げるサイの角などの使用は問題であると認めている。ジョーン氏も、「これら絶滅の危機にある動物を殺すことは資源の無駄遣いですし、得るものは何もありません」と同意見である。

中国政府はトラやサイなどの絶滅が危惧される動物の医薬への使用を禁止する法律を制定したが、人々を教育するにはやはり時間がかかるとチェン氏は言う。

熊の話

人々を教育するひとつの確実な方法は熊牧場に足を踏み入れることであると話すのは、香港に拠点を置くアジア動物基金の創設者ジル・ロビンソン氏である。熊牧場は漢方薬に使用されるクマの胆汁を採取するために1980年代にあちこちに出現してきた施設で、ロビンソン氏は1993年にそのひとつを訪れた。彼女はいまだに激しい感情と共にその経験を思い出す。「私は苦痛によって完全に打ちのめされました」。見学集団から離れて、彼女は偶然、一匹だけにされているクマに出くわした。「そのクマは全く驚くほどの信頼を示しました。18センチほどのカテーテルが腹部から突き出たままにされていたのに。」

熊牧場のクマは、30年の一生を通じて狭い鉄の檻の中に入れられたまま、身体に開けられたままの穴から胆汁を採取される。この開いたままの傷から細菌感染を起こし、しばしば癌性の巨大な腫瘍が生じる。現在中国では、クマの胆汁の採取は依然として合法である。ロビンソン氏が出かけたような見学ツアーはいまだに行われており、クマの境遇は1993年当時と全く変わっていないと、ロビンソン氏は言う。

「Animal Welfare 」誌に掲載された2009年の論文においてロビンソン氏が報告しているように、このような方法によって熊牧場のクマ1万~2万頭から毎年数千キロの胆汁が採取されており、中国政府当局者も牧場経営者もこれが人道的なやり方であると考えている。中国ではおよそ180の工場でクマの胆汁を含む123の異なるタイプの製品が製造されており、クマの胆汁は胆石の除去に有効で、慢性肝疾患にも有用であるが、化学合成薬剤の方がより良い結果が得られる。

中国人ジャーナリストのフオン・レイ(Feng Lei)氏は、胆汁採取の継続に賛成意見を述べ、粉末胆汁の使用中止は『重症患者』に不利益を与える可能性があり、漢方薬産業(全貿易量1538億円超;2011年9月2日現在、1米ドル=76.9円で換算)に衝撃を与えかねないという理由から、『粉末胆汁の使用中止擁護論は非現実的である』という記事を2011年3月に書いている。彼は、『クマの胆汁に代わるものはいまだに無い』とも主張したが、これは誤った主張である。クマの胆汁に代わる薬草は50以上存在する。胆汁の活性成分であるウルソデオキシコール酸は実験室でも容易に合成することができる。レイ氏は持論(中国語で発表)を裏付ける証拠をなんら示していない。

野生生物から採取した他の多くの原料についても、同じ作用のある薬剤が数多く存在する。それでも多くの漢方医が熊胆などの製品を強引に勧めるのは、熊牧場経営者らに彼らの製品を売るよう『説得されている』からであり、一方、富裕なビジネスマンなどは、同僚や友人に良い印象を与えようと高価な贈り物として熊胆を贈るのであると、ロビンソン氏は説明している。

ロビンソン氏によると、採取された胆汁の大部分に、多くの不純物が含まれているという。アジア動物基金で胆汁サンプルの分析を行ったところ、さび薄片、尿、膿、糞、がん細胞、細菌、抗生物質などが検出されたという。ベトナムでは、ベトナム東洋医学協会会長のフオン・スアン・グエン(Huong Xuan Nguyen)博士が、汚染された胆汁の摂取と肝臓や腎臓の障害とを関連付ける初めての証拠を発見した。ベトナムの文化は北に隣接する中国文化と密接な結びつきがあり、多くのベトナム人は漢方薬や野生生物製品に対して同じような性向を共有している。グエン博士は1985年以来、胆汁による毒害を受けた患者10名を治療しており、うち2名は明らかにそれが原因で死亡した。博士は、クマの胆汁以外の漢方薬の使用を推奨してはいるものの、クマの胆汁使用中止を求めるキャンペーンをベトナムで展開している。

地域的傾向

野生生物取引の監視団体TRAFFICのマレーシアを拠点とする東南アジア支部副所長のクリス・シェパード氏は、消費者主義の胆汁・動物身体部分の採取は、合法、非合法を問わず、中国だけでなくアジア全域やさらに広い範囲で行われていると言う。シェパード氏の説明によると、トラの骨は多くの場合すり潰して粉にし、お茶のように熱い飲み物として関節痛、麻痺、膝の弱りの治療用に何世紀にも亘って処方されており、トラの骨の需要がトラ生存に対する最大の脅威になっているという。サイは角に需要がある。ヤモリ、タツノオトシゴなどは漢方薬用にトンの単位で取引されているのだが、大きくて人目を引くトラやサイほどは注目されないために見過ごされる傾向があるという。シェパード氏によると、『違法取引阻止について盛んに議論されてきたが、それを実際行動に移すことが必要』なのだ。

ベトナムの漢方薬に対する需要は、ベトナム政府の役人がサイの角で家族の癌が治ったと公表した2006年に頂点に達した。この発表で需要が急激に上昇し、その結果サイの密猟が急増した。南アフリカではベトナムに輸出するために330頭以上が殺された。その間、ベトナムでは、ここに生息する極めて稀少なジャワサイ個体群のおそらくは最後の1頭が2010年5月に密猟されたため、現在ベトナムではこの種は絶滅した可能性が非常に高いと考えられる。ハノイに拠点を置く非営利組織Education for Nature Vietnamの創設に尽力した自然保護活動家ダグ・ヘンドリー氏は、ベトナムの若い世代は環境保護を以前より意識するようになってきていると確信しているのだが、この変化は、ジャワサイを含めたアジアの動物種の多くに関して手遅れかもしれない。「伝統的な信仰を覆すのは難しいのです」とヘンドリー氏は言う。サイの状況に奮起したTRAFFICは2010年10月に、ベトナムと南アフリカの警察、レンジャー、環境省当局者らの間で交換プログラムを実施し、相互理解を深め問題解決を試みた。しかし、現時点で彼らの努力の成否を評価するのは時期尚早である。

違法商品のるつぼ

西欧諸国も漢方薬の取引に重要な役割を果たしている。TRAFFICは2004年にサンフランシスコとニューヨークにおいて漢方薬店の覆面調査を実施し、違法なトラやヒョウの骨、サイの角、麝香、熊胆などが店頭にあるのを確認した。この調査を行ったTRAFFICの調査官で現在WWF(世界自然保護基金)ワシントン事務局のシニア・ポリシー・オフィサーであるリー・ヘンリー氏によると、サンフランシスコで調査した33店のうちトラの骨を扱っていると言ったのは1店だけであり、1999年の前回調査で22店のうち7店であったのと比べ希望の持てる減少であった。ニューヨークでは同じ様にはいかなかった。27店のうち11店でトラの骨製品を扱っていたのだ。ヘンリー氏は、この違いはサンフランシスコにおいて、より積極的に啓蒙プログラムを行ったことによるものであると考えている。しかしその後の追跡調査は全く実施されておらず、ヘンリー氏の考えでは、最近は他のどの機関も漢方薬の取引を監視していないという。

今日、ニューヨークのチャイナタウンを訪れると、『牡鹿の交尾器』や『タテゴトアザラシ混合物』などの製品を店頭で見つけることができる。しかしトラという文字がある製品には、すべてに英語と中国語で『トラを含有せず』と明記されている。マルベリーストリートのEwa Trading Companyの店主にトラやサイ製品が入手できるか尋ねると、「だめですね。何年も見ていませんよ」という返事だ。バクスターストリートで鍼治療と薬草店を営むジェフリー・チェン氏は、そういう製品はすべて禁止されているため、手に入れるには『“アジア”に戻らなければならない』と言う。店主のなかには、そういう製品を見つけるのは難しいとだけ答えた者もおり、また、そういう製品を手に入れるには『イースト・ブロードウェイをあたってみたら』と教えてくれた薬剤師が一人いたけれども、質問が中国語か英語かに関わらず、他の数名の店主が同様にサイやトラ製品は販売していないと答えた。

この小さな勝利はTRAFFICと米国魚類野生生物局の2重の努力の結果といえるが、ヘンリー氏は、漢方薬用の野生生物製品の違法取引を防ぐには法執行がまだ不十分であると主張する。「それは役人の側の献身度が足りないからではないのです。数が足りないのです」とヘンリー氏。CITESの取引データベースに報告されているように、米国魚類野生生物局は2000年から2009年までに、違法に輸入された野生動物とその身体部分について何百件も差押えた。押収件数にはクマ243件、トラ141件、センザンコウ85件が含まれる。これらの数字の1件は1頭の動物を表す場合もあり、骨や鱗や爪など何百個もの身体部分を1件とする場合もある。原産国が特定された押収物について、トラの42%、クマの41%、センザンコウの28%が中国かベトナム産であった。

法的には、絶滅危惧種法(Endangered Species Act)や、サイおよびトラの製品のラベリングに関する法(Rhino and Tiger Labeling Act)などの保護法が整えられており、サイやトラの身体部分を含むと言うだけでもその製品の販売は違法とされる。しかし、ヘンリー氏は、合衆国政府にとって野生生物保護は優先順位が高くないと嘆く。保護のための予算は大幅に削減されたと指摘するヘンリー氏は、現在米国の下院主導で行われている米国魚類野生生物局の多国籍種保護基金(multinational species conservation funds)を32%削減しようという提案に言及して、「これは野生生物保護に対する全面的な攻撃です」と言っている。

米国は漢方薬の消費者としてだけでなく、アメリカグマの身体部分やアメリカ人参など漢方薬の供給者としての役割を果たしていることは疑いの余地がないと話すのは、米国魚類野生生物局の管理オペレーション部門主任クレイグ・フーバー氏である。しかし氏は、「アメリカは世界最大の消費者ではありませんし、多くの法律があって、実際かなり効果的にそのような問題に対処することができます」と指摘している。米国の通関手続き地では120名の野生生物監視官が働いており、国内にはさらに複雑な調査を請け負う特別捜査官が200名いることから、フーバー氏は、現場派遣、教育、効果的な法執行を連携させて違法取引を食い止めることができるという自信を持っている。

しかし、TRAFFIC調査官のヘンリー氏は、1999年の初回のチャイナタウン市場調査以来、事態は大きく改善されたとはいっても、違法取引がこれまで管理できていると考えるのは危険だと警告する。その動向は米国魚類野生生物局の調査で明らかになった、動物とその製品数の増加に現れているように思われる。2000年に23頭のクマが押収された。2009年にその数は38頭までになった。これはその10年間の平均年間押収数の24頭を優に上回っている。同様に2000年から2009年に押収されたトラは13頭から24頭に急上昇し(平均年間14頭)、センザンコウは5頭から19頭に跳ね上がった(平均年間8.5頭)。事態がどの方向に動いているのか判断するのは難しい。一つは、法執行が強化されて押収件数が増えたということかもしれないし、あるいは単に違法輸入品がこれまでより多く米国に入ってきているということなのかもしれない。
(翻訳協力 松崎由美子)

【JTEFのコメント】
漢方薬利用が多くの野生動物を絶滅の危機へ追い込んでいるという事実は否定できません。しかし、動物生薬と同じ効能を持つ生薬もあり漢方医療の範囲内で代替品があるのです。それでもどうしても絶滅危惧種の由来の生薬でなければならないのか、今の動物たちの状況を思いやる気持ちを持ってほしいと願うことが、それほど(利用者に)酷なことだと言えるでしょうか。


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