座談会
「2012年 日本の野生生物保全をめぐる動き」
日時:2012年10月25日
参加者:
羽山伸一
JTEF理事、日本獣医生命科学大学野生動物教育研究機構・機構長
坂元雅行
JTEF事務局長理事、弁護士
2011年の東日本大震災と原発事故によって、野生生物の世界にも変化が出てきます。放射能汚染による野生生物への影響、人がいなくなったことによる影響など、調査・研究が必要です。野生生物保全と管理は、震災、原発事故と無関係ではありません。危機にあってこそ、必要になるものなのです。
野生動物の保護管理におけるリスク管理
坂元 今、野生動物の放射能汚染も話題になっています。リスク管理の問題は鳥インフルエンザのときにありましたし、その前にSARSの件もありましたね。羽山 日本には動物の疫学研究所がないんです。
坂元 環境ホルモンの問題が出てきたときには、それなりに予算を付けていましたけどね。
羽山 結局10年で空中分解ですよ。
坂元 あの環境ホルモンの問題が出てきたときに、羽山先生はリスク管理の重要性をすごく言われてましたね。
羽山 そうです。10年で打ち切られてしまいましたが。
坂元 成果をきちんとまとめきらなくて。
羽山 いや、成果は出したんだけれども。
坂元 制度化しなかった。
羽山 危機管理と言っても、現実には野生動物で具体的にはやっていないですね。影響が出ていないですから。とりあえず様子を見ましょう、ということになるわけです。
坂元 今、はっきり減っているのであれば、リスク管理よりも対策ですよね。リスク管理は、根本的に違います。
羽山 発想がなかったんですね。ちょうど、大震災直後に僕はたまたま福島のサルの研究をやっていましたから、とにかくサルなんだから、世界で初めての現象ですから、人以外でね、これを追わなければだめだと申し入れたんです。そうしたら、「それは食べ物ではないですよね」というわけです。そうじゃなくて、生態系への影響は、世界でも注目されています。ましてや、ヒトに一番近いわけですから、参考になるのではないですかと言ったら、シカやネズミなんです。それは、世界中のどこにでもいるからです。それを参照すればいい、というわけですよ。ネズミなんて一代で死んでしまいますからね。何十年の研究には使えません。あげくのはてに、ヒトの健康との関係というと、厚労省に相談してくださいと言うのです。野生動物の研究ならば、これで狩猟者が10%減り、捕獲者が激減して、むしろ野生動物があふれかえるのが問題だと言い出したのです。このような状態なので、警戒区域の中の個体に何が起こったかわからないのです。10年しか調査はしません。
坂元 データの蓄積は全然進んでないですか。
羽山 何も進んでいません。
坂元 巷に報道で流れる話では、イノシシの肉からセシウムが出たことなどが注目されましたね。
羽山 結局それも五月雨的にあちこちから出ても、何にもわからないですよ。高いのでしょうけれど、それがある地域の汚染レベルに関係するのか、あるいは生態に関係するのか。冬になるとセシウムの量がエサとか排泄物とかで変化します。彼らはそれを取り込むわけですから、単純に化学的に減少するわけではないんですね。繰り返し、繰り返し被曝するわけです。それは、フィンランドのヘラジカやトナカイの例でわかっていることです。
坂元 生態的なメカニズムというわけですね。
羽山 だから25年経って汚染が維持されているわけです。通常汚染は半減していきますけどね。環境の中できちんと見て、それについてモニタリングする必要があります。1500平方キロですから。高台から見れば、街からなにから。茫漠としていますよ。
坂元 野生動物は警戒区域内をどう利用しているんですか? 哺乳類で言えば。
羽山 サルもだいぶ出てきています。ヒトがいないから。
坂元 食べ物にするものはあるのでしょうか。植物がけっこう回復してきていますが。
羽山 ありますね。
坂元 放棄された農園や、田畑ですか。
羽山 そうですね。
坂元 ある意味では、なかなか無い例ですから、そこでデータを蓄積する必要がありますね。残念なことですが、今後も起こるかもしれない。
羽山 少なくとも、記録にとどめるということが必要ですね。結局、広島の原爆の時だって、生態系については誰も言っていないのではないかな。
坂元 研究者個人でやろうという人はいないんですか。
羽山 いっぱいいますよ。結局、資金がないと無理でしょう。また、あらゆるところに権限が分散しちゃったから、立ち入りするのでも全部市長村長の許可が要るんです。>坂元 中央省庁はそういう研究をサポートしようという意思はないんでしょうか。文科省はどうでしょうか。
羽山 文科省が今年の科研費でしようとしています。ただ、あくまでも復興というキーワードでないとだめなんですね。生態系にどんな影響が出たかというわけではないですね。
坂元 環境省や経産省など、原子力関係の部署もぜんぜん動かないのですか。
羽山 除染技術の開発、原発を廃炉にする技術などで手一杯でしょう。
坂元 外国の研究者から研究させてくれと言うオファーも来たりするでしょう。それもどこがさばいているのか。
羽山 一応学術会議が全国の学会に呼びかけて、どこで誰がどんな研究をしているのかをデータベース化しようという試みが始まっています。
坂元 日本の場合、研究のオファーが来た場合に誰が認めて、どういう条件でさせるかということは、申し込みを受けたそれぞれの組織の判断に任されているということなんですね。
羽山 全体の研究戦略があるわけではないのでね。いろいろな学会に申し入れることになるでしょう。
坂元 学会単位での協議で共同研究をするとか。
羽山 秋中に野生動物関連の学会4つが環境省に申し入れると思います。学会の動きは遅すぎますよ。来年の予算に間に合わない。春の学会で、学会が声を上げなければだめだと、具体的なデータを公開して、少なくともモニターはすべきだと発言しました。
野生動物保全のための研究の動向
坂元 ニホンザルの研究をやりたいという人は多いでしょう、京大は。
羽山 いないですよ。ニホンザルの研究者は取っていません。壊滅に近いですよ。
坂元 外国に行くのは嫌だという人が多いというのは聞いたことがありますが、内外問わず、フィールドに出る人がいないということでしょうか。
羽山 そうです。
坂元 フィールドワークの関係で言いますと、ここ何年かは北大が中心で、最近では農工大と言われていますが。いろいろなことをやられている印象があります。野生動物問題につながるものとしてはどうでしょうか。
羽山 研究者が増えたというのは事実です。ただ、論文を書かないと就職できないから、昔みたいな小さな学会はつぶれていっているんです。今はどちらかというとピュア・サイエンス系の学会になっていて。そのジャーナルでないと世界に通用するとしてカウントされないんです。
坂元 応用的な研究はなくなってきていると。
羽山 政策や問題解決などの応用的なものは、やりにくいんじゃないでしょうか。みんな避けていますね。
坂元 応用系の技術や研究成果を持った人を受け入れる、問題解決型の研究所みたいなものは、どうしても公的なものとして作っていくしかないですね。
羽山 韓国政府が東アジアの絶滅危惧種を研究するところを見せてもらったのですが、この10年間で250人です。
坂元 研究者ですか。
羽山 先生ですね。国立の科博ぐらいあって、驚きましたよ。政府の中、環境省の中ですら学位を持った専門家が60人いるんですよ。カワウソとか、いろいろなものがあるでしょ。政府が野生動物のレスキューセンターを置いているんです。2年前にネットワークを作り、中央研究所を作ったんです。そこも数十人規模でやっています。
坂元 研究所が野生動物研究もそうだし、家畜や伝染病の問題も全部課題としているんですか。羽山 中央に司令塔となる人が何人もいます。僕と同世代の人ですが、その人と話したのですが、ほとんどが日本で勉強しているんです。北大などで。彼らが中央に入って、大統領認可の計画をして、実現しているわけです。絶滅危惧種の対策予算は、年間で日本円で60億だそうです。
坂元 日本の10倍以上ですね。
羽山 絶句ですよ。
坂元 圧倒的に追い抜かれてしまった。
羽山 中国、モンゴル、ロシア…日本をモデルにしてと口々に言うのですよ。レストレーションをやると。
坂元 レストレーションというのは、生態系全体を復元するという意味合いで言っているのですか?
羽山 エコロジカル・ネットワークをつくるんです。一つは、北朝鮮との連携という政治的な意図があります。中国やロシアは、アムールトラの生息域が朝鮮半島にも広がっていますから、それを復元させる。水系はカワウソ、山岳地帯はクマと明確なビジョンですよ。オオカミはその先です。
坂元 理由は社会的なものですね。やがて、平和な人的な交流も、ということですね。参加していたのは、中国もですか?ロシアもですね。アムールトラの話は、ロシアと中国の間のことですね。
羽山 絶滅種として打ち出していますね。エギジビションセンターというのが環境省の研究所にもありますが、トラの剥製があります。
坂元 「我々はこれを失った」ということですね。
羽山 トラはその象徴ですね。
坂元 ゆくゆくトラを再導入しようとかいう話ではないんですか。
羽山 まずは絶滅を食い止めるということですね。再導入はその後。アカギツネですね。
坂元 やり方を間違えると、あつれきの問題はありますね。
羽山 クマだってそうです。よくこんなのできましたね、と思うんですけど。すごいですよ、被害は、去年は年間1億円ぐらいですと聞かされたので、どうしたんですか?と尋ねると、被害が出たら、政府がすぐに担当者を派遣して、データを取るんです、1年以内に被害額がわかりますという答えでした。
坂元 試行錯誤的な取組みということですね。
羽山 それはやらなければいけないことなんです。野生生物センターにスタッフが20人くらいいます。プロモーションですね。
坂元 世論の支持があるし、さらには引き出しているということですね。韓国の大統領は、街中で地下に潜った川を復元したり、あれを自然再生ということで前面に出していますね。韓国での積極的な動きというのは、ボトムアップとトップダウンがそろっているからでしょうか。
羽山 やはり中央の官僚の力でしょう。10年前が転機だったと言われた時に、政権交代の影響ですかといったら、タイミング的にはそうだけど、われわれはそこまでに準備をしてきたし、それに対して必要なことを提言してきた、それが合致しただけだ。動かしているのは自分たちだと言っていましたよ。すごいプライドです。
坂元 省庁間のパワーバランスはどうですか。他の省庁がすぐに賛成するとは思えませんが。日本とは違いますか?
羽山 政権の力ですね。しかも国立公園局はエージェンシー化しています。外局にして、自分たちでもお金を稼げる仕組みにしていますね。
坂元 国民から直接寄付を求めたり。
羽山 それはやっていましたね。
坂元 外国の財団から補助金を受け取ることもできるんでしょうか。
羽山 できますね。IUCNの年次総会を韓国でやりましたね。パンフレットを見ましたが、今回の国際会議もそうなんですが、環境省が主催なんですが、下にスポンサー企業が並んでいました。
坂元 世論がある程度支えていないと、難しいですね。日本と比べて、韓国の方が自然や野生動物保護に関心が高いということなのでしょうか。
戸川 ジーリー山って、クマを入れて撃たせたりしていないんですか。
羽山 ぜんぜん。まだ20数頭しか回復していないですから。坂元 どこから入れたんですか?
羽山 北朝鮮や、いろいろなところからかき集めたんですよ。
坂元 遺伝的変異があるものだから、大丈夫かという話がありましたね。
羽山 彼らは、遺伝的多様性とか言われるのがすごく嫌なんです。しょうがないじゃないかと。他にどういう道があるのかと。実際、野生に返して繁殖して、増えているんですよね。
戸川 植生も豊かになったんですか?
羽山 環境的には、すごくいいと思いますね。生きることは可能だけど、それが分散していくときには障害が出てきますね。次のアクションがまだないんですね。メタポピュレーションを、容認できる森林環境を整える。
坂元 北朝鮮との間では、政府として政策を持っていなくても、担当者レベルでということですか。
羽山 定期的に交流をしていますね。来年、カワウソの野生復帰があるのですが、そこは非武装地帯なんです。そこから流れてきている川に向かって、放すんです。最終的には非武装地帯に野生復帰させながら、両国が協力し合って保全をしようということです。
坂元 カワウソは残っている個体を捕獲するんですか?
羽山 レスキューセンターがあるので、そこで保護したのを持って行ってリハビリするんです。
坂元 傷病個体を使うんですね。
羽山 韓国は非常に動物園が少ないし、今回は動物園は一切かかわっていないんです。むしろ、飼育下繁殖はほとんどない。一代ではあるかもしれないけど、飼育下で増やして話そうという発想はないです。肉食獣は難しいでしょうけどね。
坂元 人慣れする問題もありますね。韓国では、クマファームを禁止しましたね。閉鎖したクマファームのクマも再導入されているのでしょうか。
羽山 そこはあまり触れられたくないようですね。
坂元 カワウソは、一頭単位で再導入することが有効なんですか?カワウソの社会として。
羽山 ペアリングさせて、子どもができそうなのを導入しますね。
坂元 それは、リハビリセンターでということですね。
羽山 来年、見てこようと思っています。もうすぐ完成するそうです。
坂元 日本から韓国に留学する学生はいますか?
羽山 すでに外国人研究者の採用が始まっているので、日本人の研究者がいましたよ。ヨーロッパ、オーストラリア…有能な人間は、どんどん海外に行くでしょうね。
坂元 国内のそういう道を志した人の就職口を確保するために、外からは採用しないというとか、そういう狭い発想ではないのですね。話は戻りますが、震災がきっかけになって、日本もよいほうに変化するでしょうか。
羽山 まったく逆ですよ。今、希少種の関係の予算なんて来年度は大幅削減ですよ。ツシマヤマネコの野生復帰センターも規模が3分の2に縮小が決まりました。予算ではなく、スペースそのものがです。最初、2年で作れと言ったものが3年かけろということになった。今度はスペースを3分の2にせよとのことです。いずれにしても、最大の来年度予算の目玉だったことが、これなんです。
坂元 ツシマヤマネコの関係で、耕作放棄地の再生をして餌場を回復しましょうという活動ですが、地元自治体の担当者から情報がまわってきていましたね。
羽山 「島おこし隊」として、イベントをしかけるんです。
坂元 もともとは国がお金を投入して、目玉にしてきましたが、自治体は元気にやっていて、だんだん自治体主導になってきているんでしょうか。
羽山 自治体によりますね。豊岡とか佐渡はリーダーシップが非常に強いですね。新しいビジョンや政策を持っていますね。しかし、どこに行ったってお金がないですよ。
坂元 トキやコウノトリは、このところあまりニュースを聞かないですね。
羽山 今年、トキは繁殖に成功しましたね。
坂元 ヒナが産まれたら、また大々的に報道されるのでしょうけれど、野外で生存してというところでは。ずいぶん遠くまでコウノトリが飛んでいったというのも、聞かないですね。
羽山 そうですね。定着性がありますし、営巣できる環境がないのかもしれません。いずれにしても、去年から福井で野生復帰サイトができたし、野田でも作っています。メタポピュレーションの数をそれぞれの地域で、と動き出しました。そうすれば、増えていくのではないかと思います。
外来生物問題
坂元 話題を変えたいと思います。外来生物の関係で、外来生物法の施行状況を検討して見直しましょうということで、検討会の報告書がパブリックコメントにあるのですが、最近の外来生物問題を先生はどのように見ておられますか。
羽山 ひとつは沖縄のヤンバルクイナですね。ここにきて相当回復してきました。ようやく目に見える成果が出てきました。
坂元 マングースの駆除が進んだからでしょうか。
羽山 もちろんそれはありますし、それだけではないです。無駄遣いとか言われて逆風が吹きかねなかったですが、外来種対策は、鉄の意志でやり遂げなければならないのです。最後まで根絶までいくのはかんたんではありません。小笠原でネズミの根絶実験をやりましたが、何年か経ってから出てきた例もあります。
坂元 最後の最後まで徹底してやらなければならないということですね。
羽山 ただ、そこまでいっているのはいいほうで、アライグマなんてどうにもならないですよ。
坂元 本当に広域化してしまって、報告書でもアライグマが大きな問題として強調されていましたね。広域に分布している外来種の封じ込め事例が今までにないということがあがっているのですが、神奈川県が力を入れていますね。
羽山 神奈川県が最初の5年で大幅に減らしたんです。そういう意味では、第一段階としては成功なんですが、結局定住したのをどうするかというと、被害があれば捕りますというやり方では無理なんです。マングースと同じように捕獲し続けて、最後まで取りつくさないと。一番コストがかかるんです。誰がやるかですよね。神奈川は市町村単位で競争入札をしています。県単位、あるいは隣接県を含めた広域行政でやろうというのは、ほとんどない。県レベルで計画を作っているのは、神奈川と山梨と千葉ですか。関東は県が多いですが、それ以外は市町村レベルです。
坂元 報告書をざっと見ると、外来種被害防止行動計画というのを新しく策定しようという提案が出ていますね。この1、2年で実現する短期的措置として挙げられていますが、国と地方公共団体の情報の共有、研究者との連携強化、民間団体の支援の促進がありますが、これはどのようなイメージなのでしょうか。今のアライグマのような広域にわたる種が主な想定している対象なのでしょうか。
羽山 隣接県を越えて拡がってしまっているのが実態ですので。
坂元 あつれき問題と同じように、外来種対策をしていこうということですね。沖縄に行くとインドクジャクの話がでてきます。インドクジャクも地域的には多くて、要注意外来生物にされているんだけれども、法的規制をかけると社会的影響が大きいというので要注意にしているものの、どう対策したらいいのか現場は困っているという話です。
羽山 やっぱり法律の枠組みが実態に合っていないですよね。ノラネコ問題なんか典型ですけれど、ここらにノラネコなんかいたって関係ないでしょ。だけど動物がいたら困る。そういうメリハリが効かない制度、全国一律の制度を作ったのが、そもそもの間違いです。水際規制の話と、実際に野生化したものをどうするかというのは、次元が違うんです。そこは、この制度の一つの問題です。変えるべきでしょうね。何よりお金ですよ。お金がかかるんです、じゃあお金がない自治体はどうすればいいのかということが、全然フォローされていない。オーストラリアに行ったとき、州政府がビジネスプランを作っているんです。それを連邦政府に出すと、連邦政府がお金を出します。僕が行ったのはタスマニアで40万人しか人がいないんですが、実際は20万人かな、何億もお金を出せというのは無理ですよ。
坂元 オーストラリアと仕組みが違うかもしれませんが、インドでは基本的に州単位で森林を管理しているのですが、トラ保全のための森林の中の区域の管理は、トラ保護区に指定されれば州から連邦政府にお金が請求できます。連邦政府の中に基金がつくられて、そこからお金がもらえる。逆に、それを獲得しようと州もいっしょうけんめいやるというところがあります。
海生哺乳類の保護管理
坂元 北海道えりも岬のゼニガタアザラシですが、6月に2回目の検討会がありました。
羽山 これは、ゼニガタアザラシ研究グループを立ち上げたのが30周年になりました。その記念シンポジウムがあって、いろいろな人がしゃべりました。ずいぶん人材は豊富ですよ。だけど、結局何が一番問題というと、研究にしても対策にしても、マネジメントですから、医療で言えば臨床医に当たる人がいないということですね。それは政府にもいないし、自治体にもいない。その存在がないことが決定的ですね。それなりに専門家がたくさんいてよってたかってやっているのに、なぜうまくいかないかという。
坂元 一般的にそうなのかわかりませんが、環境省の北海道事務所のウェブサイトにアップされている資料を見た限りですが、ゼニガタアザラシによる鮭被害の防除法についていろいろ検討されていますが、スリットというのは網につけるんですか?
羽山 網の入り口ですね。迷路みたいなもので最終的に四角い袋の中に魚が迷い込むので、その袋を水揚げする。その入り口に幅10センチぐらいのスリットを入れれば、アザラシは入れないけど魚は入る。
坂元 せっかく魚を追い込んだところにアザラシがやってきて、獲物がいるぞとなるわけですね。
羽山 鮭の遊泳能力は非常に俊敏なので、普通の海ではアザラシには捕れないんです。追い込まれているから食べられるのであって、アザラシに網に入られなければ大きな問題ではないですね。
坂元 一回目の会議に先立ってワークショップがありましたね。そこでスリットなどが有効かもしれないという話が出ていたけれども、2回目の検討会ではあまり有効ではないのではないかということになっていますね。
羽山 漁師があまりやりたくないんですよ。
坂元 魚が入りにくくなるから。
羽山 そんなものを付けて、もし漁獲が減ったら補償するのかと言ったときに、環境省が補償しますといえないということです。非常に残念なことです。坂元 他所ではやっているんですか?
羽山 世界中でやっていますよ。そんなの当たり前の話なんです。だって、トドだって年間に数億の被害を税金使って対策しているわけですよ。それをここ10年ぐらい、水産庁に任せると言われた以上なんとかしなきゃいけないということで、ノウハウを作って。水産庁サイドにはいろいろなノウハウがあるんです。今回、そこの担当者をワークショップに呼んで、開発の状況を聞いて、これはアザラシに使えるだろうと。しかし、それを地元の漁師に仲介して、実験しましょうというマネージャーがいないんです。
坂元 トドのケースでは、水産庁や外郭の研究所にマネージャーがいるのですか。
羽山 水産庁は、もともと試験場を持っていますからね。
坂元 水産総合研究センターですかね。
羽山 ワークショップの開催をするかどうかについても、お金が無いの一点張りでした。何だかわからないのに対策は立てられないですよね。
坂元 特殊な経緯があったということかもしれませんが、この問題と環境省の出先機関が音頭をとってやるというよりは、本当は北海道が音頭をとってやるべきではないですか?
羽山 絶滅危惧種だから、捕獲許可権限が国なので。
坂元 確かに国にありますが、ゆくゆくはこれを計画的に管理するとなると、特定鳥獣保護管理計画でやっていくというのが筋としてあるじゃないですか。希少動物が対策の場合は環境省と協議しないと計画は立てられないということになっていますが、あくまでも策定する主体が都道府県知事なのだから、そこを目指して…
羽山 そこがね、役所ではならないですよ。許可が国である以上、道としてはゼニガタアザラシを含んだ特定計画は作れない。あるいは作りません。
坂元 だから準ずる計画になるわけですね。北海道は、この問題を解決したいということに積極的なんですか?
羽山 見ている限りは積極的ではないですね。それは国の仕事という感じです。ただ、ゴマフアザラシの問題もありますから、北海道としては何かしなきゃいけないんです。それは北海道庁の管理です。
坂元 ゴマフアザラシの問題とはなんですか?
羽山 北海道全域で、被害総額で言えばゴマフアザラシの方が大きいんです。
坂元 やっぱり鮭ですか?
羽山 鮭もありますけど、いろいろです。刺し網を破られたり。個体数の桁が違いますね。
坂元 ゼニガタアザラシに戻ると、前提として、この30年ぐらいで個体数が増えてきているという話があって、この検討会が始まって8月のレッドリストの見直しで格下げになっているんですね。依然として絶滅危惧II類だから、希少鳥獣であることは変わりないですが、実際には増えているんですか?
羽山 増えています。間違いないですね。
坂元 この間の努力の結果なんですか。
羽山 そうでしょうね。積極的な捕獲が無くなったというのが一つです。過去のデータの分析から、北海道ではこの30年間、年率5%ぐらいで増えているんです。海外のアザラシだと、10数%増加しているので、そのギャップは何かということですね。たぶんそれが混獲なんですね。
坂元 混獲のデータはどのくらいとられているのでしょうか。
羽山 30年前に僕らがやった調査と、最近、環境省がやったデータがあります。
坂元 さっきの網の中に入って溺れるというケースですか?
羽山 溺れるのと、水揚げした時に生きていて、叩き殺すというケースです。
坂元 30年間の環境についてはどうですか?
羽山 少なくとも30年前は磯焼けがひどかった。それに比べればはるかに回復してきているでしょう。この5年くらいでオホーツクの海流がものすごく変わったんですね。温暖化のせいだという説もありますが、今年辺りはまったく鮭が取れない。この20年間は漁業資源が猛烈に変わったんですね。アザラシも増えてきて、特に鮭などの資源が下がったため、被害率が上がったんです。結果的に社会問題化したのです。単純にアザラシの個体数をどうしようという問題ではないじゃないですか。しかし、結果的には一番問題なのは、10年前に鳥獣法に指定されながら、この10年間対策のための調査をしてこなかったということです。しかも、それが対策につながる調査として設計されていないので、現場から見ると、いつまで調査してるんだということになりますね。さっきの韓国のクマの話じゃないですが、被害が出たらその場で対策を取らなかったら、向こうの人間は待ってられないですよ。それがマネージメントです。
坂元 の間に継続した対策を、ある程度のものをとりながら続けていれば、今回スリットを提案した時に受け入れられるようになっていたでしょうか。
羽山 たぶんそうですし、10年の時間があったら、環境省自身が実験用の定置網を入れて、いろんなことを試すことができたでしょう。いろんなやり方がありますよ。実際には研究者もそれを提案できなかったし、行政も無策とまでは言いませんが、できなかった。
坂元 起こって初めて動く、というのは、一般的にしょうがないことかもしれませんが、目につきますね。鮭の漁獲の減少に関しては、そのものについては、当面取れる対策はないですね。
羽山 むしろ、水産の専門家の中では、これからは早い段階で漁業から転換すべきだという意見があります。鮭に依存する地域経済になると、本当に来なくなっちゃうと崩壊しますから。
坂元 ニシンのように。
羽山 そうですね。急には変えられないので、今から転換すべきでしょう。
坂元 そこを補助するとなると、水産庁の仕事ですか。
羽山 そうです。
坂元 今回のゼニガタアザラシの問題の解決にあたって、水産庁との連携はうまくいきそうなんですか?
羽山 一応、するんじゃないですかね。
坂元 これからの進展を見ていかないとなんとも言えませんが…。
羽山 結果的に2002年の法改正の時に、80条の適用でもめましたが(*)、水産庁としては、資源対象種とか駆除の対象種は手放したくないというのが本音だったと思います。アザラシはどうでもよかったのでしょう。だけど、それなりにやりましたね。やっぱり、あの時やめておけばよかったんじゃないの、という評価ですね。
【*注 鳥獣保護法の適用除外を定めるのが、同法の80条。海棲ほ乳類に同法を適用して環境省が保護管理するのか、適用を除外してこれまでのように水産庁が管理すべきかが論争となった】
坂元 専門家の中ではそういう認識ですか。
羽山 環境省に対して批判的ですね。
坂元 ゼニガタアザラシ以外の種でこういう問題がおこってきているものはありますか?海生哺乳類で、環境省が鳥獣保護の対象にするもので。
羽山 環境省が所管しているのは、アザラシですかね。
絶滅危惧種問題
坂元 絶滅危惧種の保全について、国が動いています。
羽山 種の保存法ができて、20年経っていますからね。
坂元 去年から今年にかけて施行状況の見直し検討会というのがありましたが、国内種に関しては、何が問題なのか課題を出し合いましょう、というところで終わっていますね。
羽山 今度のレッドリストで、鳥と哺乳類だけで150何種ですよね。そのうち種の保存保で指定されている哺乳類なんて5種類です。20年で5種ってなんなんだと。
坂元 生物多様性国家戦略で数値目標をあげていますが、島しょ地域のこれから世界遺産に指定されていく小さいもので数を積み上げていく、というものですね。
羽山 とにかく外来種もそうなんですけど、指定したものについては猛烈に厳しく、徹底的にやるというのは悪いことではないんだけど、そうでないものを放置するというのは最悪ですよ。何もしないという選択をしている制度を作ってはいけない。
坂元 まったくそのとおりですね。そこでお金の問題を出してきてにっちもさっちもいかなくなるんだけど、やはりカテゴリー分けして、それぞれに手厚さは変えながら、というやり方が必要。まったく対応しないのはおかしいというのは、その通りですね。せめてモニタリングするとか。
ライチョウの関係で会議に行ってこられたんですね。
羽山 ライチョウ会議です。
坂元 毎年やっているんですか?
羽山 今年で13回目ですね。今、議長になっているのが信大の名誉教授で、ライチョウの生息地を周りながら、最新の研究を聞く。数年前に東京でやったんです。動物園で飼育繁殖をして。生息域外保全も大事だということを、そこで決議をあげて。そこからスバールバルライチョウの、上野から始まって。ゆくゆくはニホンライチョウに応用すると。3分の1ぐらいは動物園関係者でした。150人ぐらいですかね。
坂元 ライチョウも温暖化の問題で注目を集めていますね。
羽山 今回のレッドリストでアップリスティングの目玉ですね。この30年で半分以下になっているんですね。特に南アルプスで著しくて、それはおそらくシカの影響ではないかと。
今回、林野庁からも情報提供がありましたけど、イノシシまでも3000メートルの稜線を上がっていくんですよ。すごいですね。千畳敷とか。
坂元 イノシシの3000メートル標高へ分布を広げるときの個々のモチベーションって、何ですか?
羽山 やはり食べ物と安全ですね。
坂元 個体数が増加して、より餌資源が必要になってとか、捕獲があるから動いたからという具体的な原因がわかっているんですか?
羽山 基本的には、個体数が増えたからでしょう。
坂元 あふれたと。
羽山 上だろうが下だろうが、広がろうとするわけです。下は危ないし、上は安全だからですね。
坂元 ライチョウが生息するところの植生で…。
羽山 彼らがいるのは夏のほんの一時期だけです。高山植物の地下茎とか実とかだけです。そうすると、ライチョウの子育ての季節とバッティングするんですね。ましてや植生が破壊されたら、どうにもならない。
野生鳥獣の保護管理
坂元 あつれき問題とは呼ばないと思うんですが、尾瀬の問題のように根本的には生態系とか、他の絶滅危惧種に影響が及んでしまうということだと思うんですが。
羽山 そんなことは、僕は80年代から丹沢でシカは山に登ると言って、さんざんやってきました。丹沢ではようやく植生回復が始まりましたけど、知床だって、屋久島だって、わかっていることですね。だったら早く仕組みなり、体制をつくればいいだけで、やることはわかっているんです。僕は先月屋久島に行ってきたんですけど、仰天しましたね。よくこれで世界遺産になったな、と。めちゃくちゃですよ。高層湿原があるでしょう。しょうがないから、シカ除けのネットが一部張ってあるんですけど、まるで田んぼなんですよ。
坂元 僕も直近で行ったのは10年ぐらい前でしたけど、そんな状況はなかったですね。
羽山 激変していますよ。あの変化は、数年じゃないですか。
坂元 屋久島が本州で起きているシカ問題と同じように、合わせて変わるとは思えないんですけれど。ここ10数年で、まあその前からの時間差はあると思いますが、なぜでしょうか。
羽山 狩猟が。世界遺産の中に入ってはいけないと言われていますから。世界遺産地域、すごいですよ。禿山ですよ。西部林道なんかズタズタですよ。
坂元 道路の両脇の法面だとか、シカが食べる餌資源が増えたという問題ではないんですね。
羽山 全然。
坂元 島しょ地域で世界遺産に指定されているところで、同じように草食獣の管理で悩んでいるところはないんですか?
羽山 いっぱいありますよ。韓国の済州島もシカだらけで困っていましたね。
坂元 どうしているんですか。
羽山 あそこはもう草原になっちゃっている。
坂元 なすがままで。羽山 いったん草原になってしまえば、ある程度抱えられるのかもしれません。
坂元 ライチョウの問題のように、目に見える形で絶滅危惧種の生息とバッティングする。高山植物の問題も同じでしょうが。
羽山 北アルプスにシカが入っています。関係者が何をやっているかというと、wantedというチラシを登山者に配っているんです。見たらファックスを下さいと書いてある。それでどうすんの?と。モニタリングしていますと言うんですけど、それを捕ればいいじゃないかと。
坂元 屋久島は特殊な例かもしれませんが、本土のシカの分布拡大というのは、いつごろ頭打ちになるだろうというのはありますか?
羽山 ついこないだ環境省が拡大予測マップを出しましたね。ホームページに出ています。あれを見ると、まだまだ日本海側や東北は余地があるので。西日本はほとんど海岸線までじゃないですかね。
坂元 縮小していきそうですか。
羽山 わからないですね。禿山になるくらいで。
坂元 昔、シカの個体群はクラッシュが起きるかどうか議論ありましたが。
羽山 大雪が降るようなところくらいでしょう。
坂元 禿山ばっかりになると、劇的にシカが急にいなくなるということではなくて。
羽山 減っていって、そこで安定するでしょう。
坂元 放っておくと草原化が進み、そこにシカがいると。
羽山 金華山が典型的ですね。日本芝が入っていって、それを食べているシカは減らないですから。
坂元 あそこは安定しているんですか。
羽山 今回、震災で攪乱されましたからね。どういうふうになるかわからないです。
坂元 奈良公園のような景観が全国に増えると。若草山ですね。予測マップを出していますが、長期的な対策は考えているのでしょうか。
羽山 シカは知らないですね。
坂元 国家戦略で書かれているレベルですかね。
羽山 神奈川はレンジャーを入れましたのでね。今、3人いて、銃もってパトロールしていますよ。
坂元 その人たちは、県職員ですか、一般職ですか。
羽山 派遣社員です。県の環境保全センターの野生動物課という管理部門に3人分の非常勤ポストを作って、そこに自然研から派遣されているんです。
坂元 狩猟免許を持っているという条件があるから、けっこう狭き門ですね。
羽山 そうですね。そのうちの一人は、神奈川県猟友会の幹部ですよ。ちょうどリタイヤされた直後だったので。そうでないと、現場が仕切れないですよ。 恐怖心の生態学ですね。シカたちが毎日逃げ惑うんです。それを人ができるかというと、実際に昔はやっているんです。最強の捕食者は人間なんです。
坂元 安心して食べさせないと。
羽山 対馬だって屋久島だって、オオカミはいなかったわけですから。なぜ縄文杉が生えることができたかというと、やはりヒトがシカをコントロールしていたのでしょう。
坂元 その意味では、人口が減って、どんどん人が都市にいく時代ですから、その傾向は増えていくでしょうね。
羽山 昔はそれでも、山に入る猟師がたくさんいますからね。朝鮮半島で問題なのは、狩猟の実態がわからないそうです。さすがに銃はわかるし、狩猟許可もあるし、保管許可も出している。だけど、その何倍も動物は取られていると。くくり罠ですよ。それがまったく把握できないそうです。中国の研究者が言っていましたね。
坂元 エリアに寄りますが、インドもそういう実態みたいです。一定のエリアで一日100個しかけられているそうです。
羽山 20年前の丹沢ではありましたね。昔はみんな首くくりでしたから。僕もかかったことありますよ。首がかかるか、手が前に出たら胴ですね。
坂元 足じゃないんですね。くくり罠の主目的はなんですか?
羽山 シカ、イノシシです。中国もニホンジカが激減しているという発表があって、平方キロに0.何頭しかいないと。旧満州のあたりですが、それは少なすぎないかと言ったたら、狩猟をしていてそれがわからないと。よくよく聞くと、くくり罠が一番問題だと。
坂元 かけている人がかけながら自分がかかる、という笑い話がありますよね。
羽山 あれは、本当に見えないですよ。
(終)
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