座談会
「もはや待ったなしか? 野生動物の保全と管理」
日時:2013年6月15日
参加者
山極寿一(JTEF理事、京都大学教授/進化論・生態学・環境生物学・動物学)
羽山伸一(JTEF理事、日本獣医生命科学大学教授/野生動物学・獣医学)
戸川久美(JTEF理事長)
坂元雅行(JTEF事務局長、弁護士)
野生動物をめぐる人間の社会・経済現象
坂元 まず、視点がどうかということを含めて議論をしていただきたいのですけれど、野生動物の将来を左右するような動きが、内容は少し違うし重なってもいるけれども、世界でも日本でも見られるのではないかと思います。もちろん、それは社会・経済現象です。まず、世界で見たときに、開発途上国に今日まで残されていた生息地に対する圧力、消失・分断の現象です。これが非常に加速していて、たいへん心配されている。その背景には石油、石炭、レアメタルといった鉱物資源などのエネルギー資源の獲得競争が非常に激しくなっている。アフリカでは中国が1990年代の後半からずっと入ってはきました。私は最近アフリカに行っていませんが、聞くところによるとどこに行っても中国語だらけで、中国のスタイルがそのまま入ってしまっているという状況らしいんですね。遅まきながら日本もアフリカに以前みたいな及び腰でなく、前向きにかかわろうとしていますし、アメリカも巻き返そうとしているようです。それが一つです。今やアフリカが消費市場として見られているという点がありますね。私も比較的最近まで知らなかったのですが、インドの農村地帯のいわゆる貧困層が将来の有望な消費マーケットと見なされて、そこにどんどん近代化の波が押し寄せていたのですが、アフリカもそのような状況になってきているようです。山極 携帯電話がものすごく普及しているようですね。市場を広げるうえで、コミュニケーション革命というのが相当大きいようですね。
坂元 まさにそうで、朝日新聞の特集にもありましたが、携帯電話を使って、農村のよろず屋のようなところで銀行の送金の手続きができたりします。インドでも電気もろくに来ていないようなところで、商社がパソコンを置いたブースをつくって、農家の人がそこでパソコンを使って、どこの市場に卸せばいちばん買い取り価格が高いかということを検索して、卸すようにできているんですね。それが広がっている。たとえば石鹸会社が田舎の各学校に売り込んで、幼児死亡率を下げるために衛生が重要だという授業をして、学校を取り込んで授業でどんどんやる。そして、小分けにして貧困層でも買えるようにした石鹸を売り込んでいる。たぶん、アフリカもそういう形で市場開拓されていくでしょう。この流れが2000年に入ってから、特に2010年代はどんどんそうなっているように思います。
山極 それは当然のことで、先ほどコミュニケーション革命と言いましたが、商売というのは情報なんです。価値の違うところに商品を持っていけば、その利潤が得られる。そういう情報がいかに的確にすばやくできるか。コストがどれくらい計算できるか。トランスポートがこれまでのコストでしたが、時間が経てば腐るものもありましたが、それが大幅に改善されました。
これには二つの理由があって、一つは先ほどおっしゃった中国の戦略で、アフリカの道路工事をどんどん安く受注していくわけです。中国人によって幹線道路がずいぶん整備されました。それを使って車が首都に流れ込むようになり、田舎の産品が首都でも買えるようになったし、安い中国製品が田舎に流れ込むようになった。そうしてもう一つは、伐採です。木材を伐採するために伐採道路がどんどん森林に伸びていった。伐採会社は木材が排出できなくなればキャンプを閉鎖しますが、道路は残るわけです。現金経済が伐採会社によって森の奥深くまで持ち込まれ、電線は引けないけれども発電機で電気をつくって、冷蔵庫やテレビといった現代文明が持ち込まれるのです。それを維持しようと思ったら現金収入が必要です。残っているものを利用しようとしたら道路しかないわけです。自転車を買って、どんどん野生動物を狩ってその肉を都市へと流す。都市では家畜の肉より安く野生動物の肉が手に入れられるというシステムができてしまっている。しかも、その受注は携帯電話でできる。携帯電話会社は、電気が引かれていないところまでも携帯電話を普及させるのです。塔を1本立てればいいだけですから。
どんな田舎でも携帯電話を持っています。プリペイドカード式ですし、アフリカでは政治家が携帯電話をばらまいて、住民に持たせる。自分が発信するにはお金がいるけれど、受信するにはお金がかからないのです。だからみんな持つようになる。ワンギリなんかが多くて、お金を持っているほうから送信があり、受注が始まります。情報の行き来が非常にスムーズになったおかけで、昔は不可能だったところでもいろんな取引ができるようになったのが大きい。
野生動物がこれまでなぜ守られてきたかというと、そういった情報の行き来がなかったことと、商売が成り立たないから守られてきたのです。極端に言うと、アフリカなどの開発途上国では、トランスポートなどが不便なところで野生動物が保全されてきたのです。それが思わぬ形で改善され始め、あっという間にヴェイカント・フォレスト、動物のいないからっぽの森になってきたのです。それが21世紀から続いていて、2010年代から加速してきたのでしょうね。
変わりつつある農業経営
坂元 2番目のポイントと思ったのですが、今の点とも関連してきますが、一次産業産品の生産と消費、国際的分業が加速しつつありますし、今後も加速していきそうです。これは地産地消の真逆の現象です。商品ごとに、たとえば農産物とひとくくりにできることではなくていろいろな農産物ごとになるでしょうが、グローバルなスケールで生産と消費が分担されていってしまう。各国の間で2国間の自由貿易協定(FTA)もどんどん進んでいるし、TPPも環太平洋地域では加速していくと思います。日本の農業については、全体的には農業収入は落ちるといわれていますが、商品ごとには差があると言われていますし、チャンスととらえるべきだというビジネス側からのモチベーションを高めるような記事も目にします。この状況が進んでいくと、基本的には開発途上国が生産地となり、どんどん商品が先進国に流れていく。その生産のための拠点整備が今まで以上に進んでいくので、野生動物の生息地に大きな影響を与えていくことになります。3番目の点は、日本国内のことになりますが、大震災の前は議論が高まっていたのですが、2050年に向かって人口がドラスティックに減少して、人口ピラミッドの構成も大きく変わるだろうということです。農林業地帯中心に今、人が住んでいるところの20%は人が住まない場所になるであるとか、東京圏、名古屋圏への都市集中が劇的に高まり、相当数の地方都市が消滅するか大幅に縮小してしまうだろうということでした。一方、農業人口が減少するのを何とかするためには、企業化・集約化を進めていくしかないということで、これは農業基本法ができたときからの動きではありますが、企業化の動きは加速化しているようです。
山極 企業化というのは?
坂元 農業法人を作って、企業的に農業を経営していくやり方です。
山極 農業組合を作って、というのではないのですね?
坂元 組合ではないです。
羽山 農業生産法人ですね。
坂元 実質、会社ですね。耕作放棄地もそうかもしれませんが、実際に農作が難しくなっている農業者から農地を集めて、集約的・合理的に経営していこうというものですね。一方、林業について言えば木材自給率が少し上がってきています。しかし微増のレベルだし、依然として輸入木材に依存している状況がある。中国からの合板輸入などはかなりの量です。
山極 中国から輸入しているんですか?
坂元 今、日本は中国からたくさん輸入しています。中国はアフリカや東南アジア、ロシアから丸太を大量に輸入し、中国で合板に加工して日本に輸出するというのが多いですね。ですから、トレーサビリティの問題でいうと、中国が間に入ってしまうので、違法伐採問題のブラックボックスになっている状態です。
アメリカとEUは違法に伐採された木材を規制する法律を持っているんですね。日本にはない。アメリカはレーシー法という法律なのですが、これはもともとアメリカの州の間、国際的な輸出入を規制する法律で、動物だけがターゲットでした。それを植物にまでひろげて木材も規制できるようにしたのが数年前です。「違法」というのが自然保護法に対するものだけではなく、そこの地域の土地所有権を保護している法律に違反した場合でも伐採した木材について規制することができる。今、国際的なNGOの中で議論になっているのは、EUとアメリカがそういう法整備をすると、中国経由の違法な木材が行き場を失って日本に集中するのではないかと。EU、アメリカと同様なものを日本にも整備しないと問題は解決しないと注目されているわけです。
山極 中国のワシントン条約への対応はどうなっているんですか?
坂元 難しいのですけれど、あえて言うとすれば中国政府はそれなりの努力をしていると思います。日本とちょっと違って自国の利益ばかりを言うのではなく、条約のためにいいこともしましょうということも言うし、国内の法執行も努力していると思います。しかし、その努力では到底もう抑えられないような需要が引き起こす流通があるということではないでしょうか。どんなに政府がワシントン条約上の努力をしたとしても、アフリカで引き起こされているゾウの密猟やブッシュミートの密猟、違法取引を抑える力にはならないのですね。もう暴走しているという感じです。それと、中国は中央集権の国ですけれど、地方の省の中での動きを中央政府がどれだけコントロールできるかというのは非常に難しい、と昔から言われています。中国の政府代表は、ヒステリックに「こんなにがんばっているのに、なんで責めるんだ」と言うのですけれど、たぶん担当者は頑張っているんですね。ですが、どうにもならないじゃないか、というのが実際のところでしょう。それなら象牙の輸入をやめなさいよ、という話が出てくるわけですが。
きたる2050年の土地利用の変化
坂元 日本が、特に震災前には2050年頃の変化は避けられないことなので、土地利用や産業拠点をどうするかということを議論しなければまずいという雰囲気はあったと思うんです。そこに震災が起きてストップしてしまった議論もあるのですが、震災で地方都市が無くなった時にどうなるかということや、原発事故も起きてエネルギー政策も見直さなければいけないのではないかということになったと思うんですね。しかし、その後議論が進んでいくかと思いきや、来る2050年頃に向けての国土利用のあり方について政府のどこかがイニシアチブを取って議論を進めていこうというのがあまり見えない。日本の中の野生動物、野生鳥獣のあり方については、その枠組みの中で考えないとあつれきの問題ももちろん解決できないし、長期的な保全の問題、それから先ほどの木材、鉱物など海外の資源に依存している問題、海外の野生動物の生息地に日本がプレッシャーを与えている現状もあるとすると、特に木材などは日本が自給率を上げる努力が必要だと思います。野生鳥獣の長期的な存続と矛盾しない形でそれをどう実現していくかということがあると思います。それを2050年といってもあと40年ないですから。こういう問題って、あっと思うと急に進みだすこともあります。野生動物保全側でもそれに備えて十分に考えておく必要があるし、働きかけもしておく必要があると思います。今、鳥獣保護法の改正に向けて中間審の小委員会が始まっていて、羽山先生は専門委員ですけれども、鳥獣保護法は基本的には狩猟を適正化して、乱獲を防止する(鳥獣を保護する)ことが目的です。それが1980年代以降は農林水産業のペストをコントロールするという役割をさせられています。いずれにしても捕獲・狩猟をコントロールするという制度しか持っていない法律で、お金が付く事業もない。その枠だけであつれきの問題を議論するということがそもそも難しくて意味がないことがはっきりしているんですね。それはそれで必要だが、先ほどのような大きな枠組みの議論がどこかでされなくてはいけない。2010年の生物多様性国家戦略の見直しの前に、山極先生が委員として参加されていた環境省の懇談会がありましたよね。あの中ではわりと長期的な時間軸で考えたグランドデザインもイメージしながら、日本の土地利用の変化なども念頭に置いた議論もされていたと思うのですが、環境省の中だけでそれを議論していても、なかなか政策を動かす力にはならないですね。
山極 環境省の一番の問題は、日本の国内の問題だけなんです。グローバルな視野に立って日本を考えられない。今起こっていることがすべてであって、生物多様性国家戦略にしても、国境を超えた移動性の動物の問題を取り上げるとか、諸外国の戦略を参考にしているんだけれども、対策としては国内に限定されてしまう。しかし、動物の問題や自然保護の問題は、海も含めて国際的な問題が非常に多い。多国間で協力して取り組まないといけない問題が多いわけです。木材の取引にしても、ワシントン条約にしても外来生物についてもそうです。それについては、いうなれば方針として立てられないわけです。
羽山 環境省が、というより日本政府が、ですね。交渉は外務省以外手が出せない仕組みですからね。
森林を守るはずの根拠
山極 もう一つ言えば、たとえばREDD(レッド)*とかの国際的な森林を守るための経済がらみの取り組みというのは低調になってきています。商売のほうはグローバリズムで加速してきている一方、20世紀から構想され、対策されてきたグローバルな地球温暖化への取り組みとか、生物多様性の減少に対して世界全体として取り組むという動きが鈍ってきていると思います。その一つは、二酸化炭素の増加が地球温暖化につながるということに疑いが生じてきた。二酸化炭素を減らせば温暖化が止まるのではないかという連鎖のわかりやすい構図が、本当はそうじゃないのではないかと言われている。その背景には、ある種の政治勢力もあります。二酸化炭素が温暖化の原因じゃないかと言っていたグループはクリーンなエネルギーを売ろうという戦略に出たのですよ。原子力ですね。化石燃料を燃やして地球の資源を枯渇させ、なおかつ地球を危機に陥れるのはまずいと。あれを推していたのはアメリカのグループですし、日本もずいぶん推奨しました。しかし、今はどこを見ても二酸化炭素の増加を抑えようというスローガンは消えてしまった。誰も言っていないですね。温暖化には他にも原因があって、二酸化炭素の増加が温暖化の直接の原因になっているということが、きちんと言えなくなってきてしまった。*REDDは”Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation in Developing Countries”(森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減)の略称で、途上国での森林減少・劣化の抑制や森林保全による温室効果ガス排出量の減少に、資金などの経済的なインセンティブを付与することにより、排出削減を行おうとするもの。森林減少ないしは劣化の抑制を対象とするREDDに対し、森林減少・劣化の抑制に加え、森林保全、持続可能な森林経営および森林炭素蓄積の増加に関する取組を含む場合にはREDDプラスと呼ばれる。
戸川 それは、原子力を表に出せなくなってきたということですか?
坂元 科学論争としてもですか?
山極 そうです。そういう不確かな根拠にのっとってクリーンエネルギーを売る戦略が取れなくなってきたということです。それによって森林へ炭素を固定して、取引をしようという国際協約もあまり力が無くなってきました。
坂元 インドのNGOと話をしていると、保全活動のためのお金を引っ張るためにREDDプラスで世界銀行が出すお金をうまく野生生物保存に接続して、お金を取るというやり方をここ数年は少し力を入れているようですが、それも減速してくるとなると…
山極 アフリカは低調ですよ。
羽山 ガボンは反対しましたね。
坂元 それはREDDプラスに乗って来るお金よりも、積極的に伐って売るほうが利潤が大きいからということですか?
山極 経済の破たんが現実の問題として今の政府を倒しかねないのです。そうするともう地下資源に頼るしかない。地下資源もアフリカ諸国が海底油田を開発したりして、過渡競争になってきましたね。地下資源は限られている。あとは農地を売るか木材資源ですが、木材資源は依然として価値がある。買い手があるからです。その場しのぎの対策としてやってしまうんですね。土地の価値が上がりましたから、世界的な農業分業によって中国やアメリカなどがどんどん土地の買い占めに走っています。
坂元 恒常的なプランテーション開発が拡がるのでしょうか。
山極 そうですね。農業が国際化したということです。コーヒーのように価格が国際企業によって抑えられてしまうから、農民がどんどん工業労働者化して、しかも国際価格は変動するから、給料は不安定です。土地の産品を売っても、それに対応する価格の生活物資を手に入れられなくなってしまう。ただ働くということに対するだけの賃金であって、モノに対応した収入が得られる商売ではなくなってしまった。
坂元 パルプ材になるアカシヤやユーカリ、東南アジアのオイルパームのプランテーションが拡がるのでしょうか。
山極 マダガスカルではだいぶ増えていますね。
坂元 マダガスカルは、森林が細々とヒモのように残っているだけになってしまいましたね。マダガスカルや西アフリカはアクセスがいいから、あんなに開発が進んでしまったのでしょうか。
山極 西アフリカもヤシなどのプランテーション化が進んでいますね。海岸線はかなり進んでいます。内陸に行けば行くほど遅れていたんだけれど、ウガンダは人口が爆発的に増加して、国立公園以外に森林は残っていないです。しかも国立公園はほんのわずか。ビクトリア湖はご存じのように外来種の増加によって大変な状況です。原産種の魚は、ほとんど絶滅した状態です。
アフリカにおける野生動物密猟の現在
坂元 世界のニュースを見ていると、アフリカでは内戦の問題がかつてのDRCコンゴのようにインターネットを賑わせていて、それはアフリカゾウやサイの密猟が1980年代の再来と言われるほどになっているからというのもあると思いますが、内戦による生物多様性の破壊というテーマについて非常に注目が集まっています。中央アフリカ共和国の北部やDRCコンゴ、スーダンのダルフル地方、西側にはあまり野生動物がいないですが、そこで暴れている民兵がカメルーンに来たり中央アフリカに来たり、チャドからも来る。馬に乗って来るらしいのです。自動小銃で武装した連中が馬に乗って、ゾウがマイグレーションしている時期に来て自動小銃で一掃して、象牙を取って馬で帰るらしいのです。羽山 おそらく車よりも機動力があるのでしょうね。道が悪くても馬は関係ないからですね。
坂元 機動性が高いので、カメルーンや中央アフリカ政府が軍を派遣したのですが、行ったらもういなかったという状態なのです。
羽山 それこそ衛星電話とか使っているんでしょうね。
先進国と途上国間の自然保護のねじれ
羽山 最初のエポックメイキングは1972年の国連環境会議です。その時に先進国が肥大化しすぎて、限りある地球を認識したわけです。それから20年経って、さらにあまりにも肥大化しすぎて、その92年の地球サミットの体制、自然保護の枠組みがある程度固まって現在に至っているわけです。ところが本来ならば2012年に構造の変化で、圧倒的に牛耳ってきた先進国がそれなりに自然保護を達成したのに、それがむしろマイノリティになってしまったというその構造変化です。次も2012年体制をどうするかということが本当は必要なのに、尻すぼみになってしまった。いわゆる第三世界がイニシアチブを持つのか、どういうイニシアチブを持つのかということです。そこが混とんとしている。2010年代に次の時代を見通すような、あるいは変えるような新しい枠組み今ない。いわゆる旧態の仕組みでやらざるをえないから、それをどう変えるのかという局面ですね。時代認識としては、まさにその通りだと思いますね。山極 生物多様性条約のCOP10でもそうだったけど、いま原産国というか熱帯雨林諸国、生物多様性が高い地域は、われわれは被害者ですとずっと言い続けているんですよね。われわれは収奪され続けてきたし、これからも収奪されてはかなわないから、われわれ自身が生物多様性の恩恵を受け取れるようにしてほしいとずっと訴え続けてきた。そのスタンスは変わっていないのです。先進諸国というか国際企業、薬品会社などが生物多様性の一端を利益化して、莫大な富を得ている。それが高い技術によって可能になっているから、途上国では自力でその技術は育てられない。だからこそ金銭的な援助や技術の移転をしてほしいと言っている。その体制が変わらなければ、自主的に原産国、あるいは発展途上国が何かをするということにはならないのです。
羽山 一種のねじれですね。
山極 そうです。もう一つ言えば、企業が巨大化しすぎている。農業もそうですが、アメリカの肥料生産企業やトウモロコシ産業はものすごく巨大化していて、世界企業化しているのです。それが国の力では抑えられなくなって、むしろ国がお先棒を担いでいるわけで、国の国際戦力になっています。中国がだんだんそうなりつつあります。
坂元 アメリカが生物多様性条約を批准できていないのは、そこですね。製薬会社と肥料会社のロビー活動によるプレッシャーです。あそこがどうしても越えられないのだと思いますね。
山極 私はコンゴとガボンで仕事をしているからよくわかるのですが、なぜコンゴで紛争が収まらないかというと、地下資源で儲かる企業がたくさんいることが関係しています。
野生生物保護と土地利用政策
羽山 坂元さんは話の落としどころをどこに持っていこうとしているんですか?坂元 日本がとるべき政策ですね。
羽山 国際的にですか?
坂元 いや、国内のことを考えるのでも国際的な動きが影響しているので、それを含めたうえでどういう政策を取っていくべきかということですね。一つは違法伐採木材や紛争鉱物の輸入規制と国内の流通管理というのが大きな課題になると思います。この課題の中で、木材の自給率アップと国内の森林性動物の保全との調和が問われます。大変なことではありますが総合的な土地利用政策ですね。制度の改正も含めざるを得ないですが、近い将来土地利用政策は変化せざるを得ないと思うので、その時に乗り遅れないよう野生生物保全の問題を確実にこの問題を載せていかないといけないという風に思っています。
この間、種の保存法の改正があって、法改正自体のテーマではないですが、2020年までに、国内希少種300種の追加を環境省が約束しました。レッドリスト上にはすごい数の絶滅危惧種が実際いるわけです。ピンポイントでも国内希少種がここにいるということを土地利用の一つの指標としていかないといけません。それも変化するこれからの土地利用の法政策の中に連結しないといけないのではないかと思います。
羽山 それは誰も反対しないでしょうけれど…。
坂元 どう実現していくかというプロセスを、それこそ文明論を言っていても仕方がないので、実現するための手順などを広い視野を持ってNGOはやっていかないといけないと思います。
羽山 今の自由貿易体制をさらに加速させようという流れの中で、違法産品に規制をかけようということに反対する人はあんまりいないと思います。正義としてはね。ただ何を規制して、何がいいかというインパクトの評価ですね。そこが見えない中では身動きが取りようがない。
坂元 インパクトはどこに対してですか?
羽山 原産国ですね。あるいは規制に対しての効果ですね。定量化しないといけないと思いますが、それにはそれなりの研究者と研究費が必要となりますね。
坂元 裏付けとなる研究をどうやってやるかということですね。
山極 野生動物を研究する資金ってないですよね。
羽山 やはり政策誘導がないと、役に立つデータは出てこないんじゃないでしょうかね。
坂元 鶏が先か卵が先かではないですが、日本の場合は羽山先生がおっしゃるように政策誘導がないと物事が進まないというのがあると思います。
羽山 国際的なNGOであれば自前の研究予算、自前の予算がスタッフがデータを取って来るんでしょうけれど。
日本がとるべき重要な政策実現のために必要なこと
坂元 こういう現状の中で、まず日本がとるべき重要な政策とはどういうことなのか、その政策を実現するうえで裏付けとなる研究や、それをプッシュするNGOの活動がどうあるべきかということをこれから具体的に議論していきたいと思います。山極 どこを窓口にして提言するのですか?
坂元 まだ具体的にはないですが、私の意図としては、この間種の保存法の改正があり、鳥獣保護法がいま議論されています。種の保存法の時に、久しぶりに主だったNGOが密に連携して行動したのです。御三家といわれるWWF、野鳥の会、自然保護協会などとですが、その時に一緒に作業をしたのですけれど、それぞれに得意分野があるわけですが、これからの長いスパンで見た方向性と、そこにステップを付けていく戦略のところが共通の課題だと思うし、みんなが協力しなければ、日本のNGOはどんなに大きな団体だといっても、こういう問題に直接的・専従的に関わるポストを持っていないんです。そこは協力し合って知恵とリソースを出し合ってやらないとまともな推進力にならない。
山極 去年、日本学術会議のなかでワイルドライフサイエンスという分科会を立ち上げました。私が委員長をやっているのですが、中型・大型マスタープランの予算申請があって、いまその審査が行われています。難しいし、時間がかかるのですが、いろんなところが提言を出しています。たとえばNIH(アメリカ国立衛生研究所)に匹敵するぐらいの医学に関わる研究支援というのを日本政府はすべきだというのもあります。
羽山 来年、うちの野生動物学教室ができて創立30周年なんです野生動物学の研究拠点が各大学できています。来年はぜひエポックメイキングなことができればと思っています。野生動物学の30年、のような。
坂元 いま思いついたんですけど、これまで議論してきたような問題意識の中で、今後取るべき保全政策の裏付けとなるような、あるいはガイドするような研究として、こういう研究が日本に抜けている、いまやっている人がいなくて必要だというような整理をやったことがある人はいますか?
山極 いないですね。
坂元 長期的に見て政府にこういう政策を取っていかないと大変なことになりますよ、そのためにはこういう研究が必要ですよと言って、それにお金がついて研究ができるようにしたいですね。
山極 できないかなあ。まずはシンポジウムで。それをまとめて提言に持っていく。まさに2050年に向けた日本の保全戦略というのを研究者と市民のレベルから考えるという。
坂元 日本獣医生命科学大学はどうですか。
羽山 うちだけでやってもつまらないですよ。一緒のほうがいいでしょう。ただ、僕らとしては野生動物学というのは共存のための科学で、動物学とは切り分けないといけないと考えています。アウトプットとして保全戦略というのはありだと思います。
山極 京大の野生動物研究センターの対象は、中大型の哺乳類です。絶滅の危機に瀕しているというのがベースになっています。動物学というと昆虫から魚類から両生類、爬虫類全部入ってしまいますから。一応、全国の共同利用研究機関だからいろんな人が応募してくるけれど、中大型哺乳類に限定しています。そうしないとどの分野でやっていいかわからなくなりますからね。
羽山 その種が一番コンフリクト、インパクトが大きいということですね。
研究における動物園というフィールド
山極 京大では動物園を一つの大きな研究のフィールドにしています。動物園に日本原産ではない野生動物がたくさんいて、その研究をしながら原産地の野生動物の保護を目指すことを考えています。水族館もそうですね。協力研究機関として動物園や水族館がいくつも連携しています。坂元 うちも動物園との関係ができてきています。上野、多摩、横浜ズーラシア、井の頭、金沢動物園などですね。去年、金沢動物園に呼んでもらって、ゾウの話をしたんですよ。動物園の機関誌に載せていただきました。飼育係の方たちとも交流して、これからも積極的に関わっていこうと思っています。
戸川 動物園から野生へ、という形でやっていきたいですね。
坂元 飼育係の人たちの意識は、ずいぶん変わりました。
山極 京都市動物園と連携して、担当している動物を野生で見に行こうという企画を京都市やJICAとやったんです。キリンやゴリラの飼育係はアフリカに行ったりしていますよ。
戸川 予算が取れれば行きたいでしょうね。
坂元 横浜と東京の飼育係の人たちは、口をそろえて野生の状態は見たことがない、と言っていましたよ。
山極 ズーラシアはウガンダに派遣しました。協力隊でやっていたと思います。ガボンの獣医を日本にJICAの研修で呼んで、動物園でゴリラの健康診断や博物館学の実習をしたりしてもらったんですよ。あれはすごくよかったですね。向こうには動物園がないですから、野生動物と言っても死体しか見たことがないんですよ。生きている野生動物をある環境で順応させるのはどれだけの技術がいるか、そういった技術がこれからどれだけ応用できるのかわかりませんが。日本は世界第二の動物園立国です。アメリカの次なのです。技術は高い。
戸川 現地とつながればいいのですが。
山極 そこを窓口にしていろんな知識が普及したり、生息地の保全に役立てばいいですね。使い方次第だと思います。
戸川 飼育係の人たちの意識は変わりましたね。
坂元 交流会をした時に10人ほどと話しましたが、30代くらいまでの人たちは変わりましたね。40代くらいの人たちは、昔ながらの感じです。
山極 動物の飼育は職人芸でしたからね。たたき上げの世界なんです。
羽山 アメリカではキーパーとキュレイターになっていますよね。そうじゃないと技術が伝承できないんです。
山極 いまの動物園は、現場がどれほど変化をしてもあまり意識が高くならないし、技術を伝授してもらってない。私立の動物園は飼育係を消費財と考えていて、外注するんですね。そのほうが安いですから。現場に長くいて覚えるということが難しい。
羽山 最近は正職員が減らされて、技術が継承できない。
山極 上野、多摩、京都市とか天王寺などの大きな動物園は予算もありますから長くいられますけれど、他のところでは使い捨てという感じです。逆に言えば、動物園の飼育係にあこがれてきたけれど、飼育がどういうものわかっていない場合もある。意識は高いんだけれど、飼育という業務がわかっていない人もいる。
変わる動物園経営
羽山 2050年の問題でいえば、日本の動物園は再編される可能性もありますね。坂元 経営上の問題ですか?
羽山 経営の統合ですね。アメリカでは希少動物の繁殖センターは、動物園が出資して企業化されています。プロフェッショナルを雇って全米に派遣するのです。どんどん分業化が進んでいますね。
山極 日本の動物園は戦前と戦後ででき方が違います。戦前は東が多かった。西は私鉄がどんどん線路を伸ばして、その終点に動物園を作ったんです。アミューズメントパークなんですよ。それが子どもがあまり行かなくなって廃れてきました。入場者が増えなくなったことでつぶれ始めたんですね。
坂元 宝塚がそうですね。
山極 関西ではずいぶん閉鎖されましたよ。東日本でも難しいと思います。旭山動物園ブームで盛り返してはいますが。
坂元 科博は建て替えましたね。
山極 研究部がつくばですね。
坂元 連続性があったほうがいいでしょうね。博物館と動物園の連携と言いますか。
山極 一年間、京都市動物園の将来構想委員になっていたんです。市民団体やいろんな人が入って、どういう動物園にするのかを考えるのですが、市に予算を付けてもらうことができました。岡崎も文化ゾーンです。美術館があり、劇場があり、多目的ホールがある。けれど横のつながりが全くないんです。美術を鑑賞しに来る人は動物園に行かないし、逆もそうでしょう。観客がけっこう集まるのに、相互には作用しないので文化ゾーンとしてはもったいないのではとか、いろんなアイディアが出ましたね。動物だと絵本とつながりますよね。でも絵本を展示する場所がないですから、美術館と相互に行けるようにしようとかいうアイディアが出ましたが、なかなか実現はしないですね。それぞれの文化領域が狭いんですよね。
坂元 依然として動物園は子どもの遊び場という見方しかしていない観客が多いのでしょうか。
山極 まさに博物館法の中でも動物園と植物園の定義が違うのですよ。動物園にはレクリエーションというのが入っている。植物園には入っていないんですよ。植物園は薬草園から始まった研究施設で、展示と保存となります。動物園は娯楽の施設であるというのが日本政府の動物園に対する考え方なんですね。
坂元 詳しくは知らないのですが、国立動物園をと訴えている方々がいらっしゃいますよね。その動きとは関連しているのですか?
羽山 関係ないですね。
坂元 なんだか時代と逆行していると思うんですが。都道府県から民間へ、という流れではないですかね。
山極 「戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語」(中公新書)って知ってますか? つい最近京都大学の時計台で国立動物園を作ろうというシンポジウムをやっていましたよ。
羽山 国立動物園というのは、要するに市町村とか民間の財政基盤がどんどん弱くなっていく中でパブリックな仕事ができなくなってきている。動物園はそれでいいのか、という問いですよ。
坂元 4、50年前に言われていた話とあまり変わらないですね。
羽山 それを誰が支えるのかというと、もう国でしょという話ですね。
山極 この本でそういうことを読んだように思いますね。
羽山 アメリカのナショナル・ズーなんて、国が補助金を3分の1しか出していないですよ。
坂元 ズーラシアなんかに行くとすごく営業努力をしているなと思いますね。郊外型のレクリエーション施設になっていますからね。
羽山 あそこはもともと里山公園という構想がありましたしね。
山極 営業努力をすればするほど、間違った方向に行くんですね。タッチズーとかね。かつてはタッチズーはやめましょうという話になったのに、それで人が集まって儲かるものだからまた復活しています。動物にとっては相当なストレスだと思いますよ。
坂元 いま上野のトラ舎に飾る新作のトラパネルを作っているんですよ。
戸川 英訳を入れてくれと前から言われていたんです。10年ほど前に作って展示していたものが古くなってしまって。
坂元 ヒサクニヒコさんにイラストをテーマごとに描いてもらったんです。トラの保全がわかりやすく説明されています。ほぼ同じものを多摩にも展示してもらう予定です。ズーラシアも1,2枚であれば展示できるのではないかと言っています。全方向向いて普及啓発しようとしても無理で、どこが話を聞いてくれるのかとなると動物園は重要ですね。
山極 どこの動物園も一緒なんですよね。
戸川 特徴を出せばいいのにと思いますね。オカピはズーラシアだけでいいのに。
山極 三種の神器みたいですね。ライオン、キリン、ゾウですね。
羽山 議会で問題になるんですよ。なんでうちにはゾウがいないんだと。
山極 上野のゴリラ計画というのは、そもそもゴリラがたくさんの動物園にいるのはおかしい、ゴリラのためには上野に集めてそこで繁殖して、森づくりをしましょうということでした。今は成功していますね。モモコさまさまですよ、3頭生みましたからね。今度は群れの中で産みましたから。日本では初ですよ。他にもメスが2頭いて、オスもいる中で産んだのですから大快挙です。これまでは隔離したところで繁殖させていたんです。しかも母親がちゃんと育てていますからね。
坂元 勇気がいったでしょうね。
山極 動物園としてはだいぶ自信になったようですね。若い飼育員さんがはりきってやっていますよ。
未来に対して日本がとるべき野生生物保全政策の3つの柱
坂元 日本がとるべき政策として2つ頭に浮かんだことが、1つ目は違法伐採木材や紛争鉱物の輸入規制をして、国内で合法なものの流通管理をしっかりして違法なものを防ぐというものが課題としてあります。2つ目は国内の野生動物保護とコンフリクトの緩和を目的とした総合的な土地利用を目指すというもの。日本はどちらにしても2050年までには避けて通れない状況になることが見えているわけなので、いつかはどこからか土地利用や産業政策の在り方を考えようという動きは必ず出ると思います。その時に野生動物の生息地保全とコンフリクトの緩和がそこに乗り遅れないようにいつでも見ていて、いつでも出せるように根拠となる研究と政策への接続をするNGO活動をしっかり作っておかないといけません。あっと思ったらどこかがやっていたということが結構多いので。途上国が自立できる支援を
山極 私が強く言いたいのは、違法な地下資源採掘、あるいは伐採で国際法上好ましくないものを日本に上陸させることを阻止する法整備は必要だと思いますが、それに関わる末端の人々というのは、何も生活の糧が無くてそれをやらざるをえないわけです。オルタナティブを与えなければ、彼らは飢えてしまう。そっちの解決策を作らなければ片手落ちになってしまう。地下資源が多いところは生物多様性が高くて森林の残っているところが多い。そこで行われる農業がだんだん企業化している。そうすると地元の農民が自分たちが作ったものを食べられなくなっている。だから保護区に入ったり、地下資源に頼るなど現金収入を得ようとするようになる。農業の立て直しをやらないといけないと思います。そういう場合に、日本はいいモデルを持っています。日本も企業化しているというけれど、ほとんどが零細農家で小さい土地を持って伝統的な農業をやってきた。その結果として国土の67%の森林が残っている。もちろんその中には植林もありますが、森林と農業の経営を合体させる技術があります。それがアフリカでもできるようにならないか。国内問題ではないから手を出さないというのではなくて、森林がまだ残っていて野生動物が多いところというのは、日本の森林農業の技術と森林管理の技術を移転できるし、そこで行われている農業に大きなインパクトを与えられると思います。地下資源を採掘しなくても、違法な伐採をしなくても人々が生きていけるようにする援助をしなくてはなりません。
坂元 イメージとしては日本が技術移転でアグロフォレストリーの技術を東南アジアやタイに出していった、JICAがやってきたようなことですか。
山極 畑作ですね。稲作などの農業指導員がずいぶん行っていますね。そこで肥料や機械を使った大規模農場を開くのではなくて、農業組合を作って、それぞれの畑を持って自分達が食べられるものをそこで栽培し、まずは自分たちの口を癒し、なおかつ売れる作物を作るようにしなければ自立できない。自立的な農業を指導しなければならない。企業と結託して、昔のインドの緑の革命ではないけれど、一斉に大きな農場を拓いて人を雇って、輸出を目的とした生産物を作るというような農業をやめ、それぞれの個人経営の農業が成り立つような農業を現地に根付かせる。アメリカがいまアフリカでやっている農業指導というのは、遺伝子組み換え作物を現地に送って、それは大量の肥料がないと育たないし、種子が保存できないから種子を買って一回限りの収穫に対して大量の肥料を投入させる。それは土地を痩せさせるし、持続的な農業とは言えない。種子を保存して自らの手で植え、収穫して自らの口を肥やし、その余剰のものを世界に出す。それをフェアトレードなど民間の取り組みによって売りさばくというシステムを作らないと、自立できない。そういった指導をするべきです。
坂元 中国のアフリカの進出の仕方は、内政干渉をしない代わりにそういう支援もしないのがこれまでのやり方でしたね。
山極 安く建物や道路工事を受注して、その代わりに採掘権や伐採権を手に入れるコンセッションですね。あとは中国方式で現地の人を雇います。あちこちで労働争議が起きています。安全面は保証されないし、給料も安いままだし、労働もきつい。現地の政府も口を出せないし、一度コンセッションを買い取ると後はやりたい放題です。
戸川 日本は中国とは違う支援をやると安倍首相が言っていますね。
山極 安倍さんはそのために人材支援をすると言っていますね。だけど具体的にどうするのかまではまだ決まっていない。
戸川 アグロフォレストリーのように森の中でコーヒーができていたり、違う時期にはいろんなものができたりというやり方はできないのでしょうか。
途上国が自立できる支援を
山極 日本ではいま焼き畑がけっこう復活しています。野菜作りというのが日本の中で貴重なものになりつつある。東京ン名高いイタリア料理のレストラン、アルケッチャーノなんだけど、山形で農家と組んで、そこの焼き畑でできたおいしい野菜を食べさせるレストランを開いたのです。いま見直されていて、肥料を投入して野菜を作る、あるいは外から野菜を輸入するのではなく、お金をかけて自然の循環システムを利用して野菜を作ればおいしいのだという考えが復活してきています。昔の農地だった土地が放置されて死んでいたのが、それを順番に使いながら焼き畑という贅沢な土地の使い方で農業ができるようになってきています。坂元 私有林に火をかけてやっているのでしょうか。
山極 そうです。焼き畑というのは肥料がほとんどいらないんです。もちろん作物によってはすごく土地を痩せさせてしまうものがあるから作物によりますが、作物を作る順番を工夫すれば、土地を効率的に使ってすごくおいしいものが作れる。焼き畑というのはとても野菜にはいいらしいですよ。ある土壌の専門家が言っていました。土壌を殺さない農業なんです。畑作は基本的に土ですからね。
羽山 東大の井上真さんが昔から言っているのは、日本の入会と同じ土地の管理なんですね。インドネシアへの集団移住では、そこでコミュニティを作って共同管理させるんです。個人管理にするとめちゃくちゃにする人が出てくるのでね。輪作的な焼き畑と森林管理である程度の持続的な経済が作れるとコモンズでやっていますね。
< 山極 いまは就職難ですね。企業に入って安い給料で都市にいるよりも、地方に行って手を土に染めて農業に従事したいという若者が少しずつ増えているそうです。そういった若者の意欲を活かした地方再生も可能だと思いますがね。人の行き来が非常に盛んになりましたから、グリーンツーリズムだとかエコツーリズムとかみ合わせて、限界集落を活かす。大きな資産は必要ないし、そこで生きていくための暮らしを立てるために必要な施設があればいいわけです。それを1年に何回か来るための人たちのために資産を使って、地元の人も利用できるようにする。診療所もそうです。廃村になりそうなところを再利用することができないかと思います。そういうやり方はアフリカでも十分応用できると思います。
増え続けるシカの問題
羽山 私は、日本は土地利用だけでは無理だと思います。シカの管理ができないでしょう。山極 イノシシもすごいですしね。
羽山 一番の問題はシカでしょう。シカの管理が放棄されたらもうおしまいですよ。いわゆる土地利用政策から入るよりも、野生動物管理のための土地利用という発想に変えないと厳しいと思います。
山極 兵庫県だけでも年に3万頭も捕殺しているらしいですね。
羽山 今年はシカの捕獲頭数が40万頭を超えましたが、被害は拡大しています。やっぱり最大の捕食者に人間がならないとだめです。
坂元 その時に設定されたやり方は、スケールとして継続すべきものですか?
羽山 そうです。やっぱり人類はすさまじい力を持っていますよ。無人島でシカしかいないところは必ず草原ですよ。
山極 ぜんぶシカが食べてしまうのですか?
羽山 そうです。
山極 シカはもともと食べないものも食べるようになりますね。
羽山 なんでも食べますよ。
山極 すごい消化能力を持っているのですね。
羽山 ある程度抑えてしまってポピュレーションが縮まれば、あとは平野部ですから元に戻るだけですね。今のままでは到底無理です。
戸川 シカバーガーとか宣伝していましたよ。
羽山 食べきれないですよ。いまシカとイノシシ合わせて年間90万頭獲っています。それでもこれですから、非常に危機的です。
山極 環境省の生物多様性国家戦略の中で人の手が入らないことによって荒れてしまった耕作放棄地を再生しようというのがあって、それがまさにおっしゃられたシカやイノシシなどの野生動物を何とかしなければどうしようもないということなんですね。里山の再生もそうですね。保護区として日本固有の自然を守っていくのもあるけれど、逆に人の手を入れていかないとだめだというところもあって、そちらの対策があまり成功していないですね。
坂元 いろいろな権利関係、利害関係の衝突が多いです。
なぜシカは減らないのか
山極 いろんなシミュレーションをやるんだけど、実際に対策と結びついていないんじゃないかな。90万頭獲っても減らないというのはそういうことでしょう。予測がきちんといっていないのですね。坂元 各都道府県の目標数通りに獲れれば、おそらく大丈夫なのでしょうが。
羽山 それ自体が根拠がないものもありますよ。
坂元 それ以上に獲らないといけないのですか?
羽山 3倍は獲らないとだめですね。減少に転じないのです。
坂元 逆に、ある程度減少させてポピュレーションをこの辺で安定させようというところまで一挙に獲れたとしますね。その後はマネジメントするエリアをゾーニングしておけば、その後は何とかなるものですか。
羽山 ポピュレーションが爆発してしまったので、それをある程度管理可能なところまで収めて安定させなくてはいけない。それは未来永劫やっていかなくてはなりません。問題は、彼らをどこの土地に住まわせるかです。それをやっているのは神奈川県の特定計画だけです。だから土地の管理ができるのです。他の県は何十万頭いるから、年間何万頭か減らせば減るはずだという予定調和なんです。残ったのがどこに行くかわからない。県境を越えますからね。しかも元の数が間違っているから、獲っても獲っても好転しないんです。
坂元 短期的に管理できるところまで落とすということが必要だけど、長期的には土地の利用区分を制度化していかなければならないですね。
羽山 そうです。ヨーロッパやアメリカのように、もう一度シカを平野に下さなければだめです。日本も人口が減るのなら一部を草原化させてもいいかもしれませんが。
坂元 そこと隣接して、かつて限界集落だったところで細々と農業をやろうとすると、コンフリクトの問題が出てきますね。その対策が必要ですね。
羽山 日本で常識的な範囲で森林植生が安定できるのは、平方キロにシカが3,4頭です。それなら大きな農業被害は出ません。しかし、そこまで下げるにはかなりの努力が必要です。
山極 いま、平方キロ当たり何頭いるのですか?
屋久島における危機
羽山 だいたい禿山になっているところだと5,60頭いますね。屋久島に先週行っていたのですが、あそこは100頭近くいますよ。宮之浦まで行ってきたのですが、あそこのヤクザサはすごいですね。このくらいしかないですよ。山極 食べられちゃって?
羽山 シカだらけです。標高1900メートルの辺りなんですけれどね。昔の写真を見ると藪こぎしていたくらいなんですけどね。
坂元 屋久島のような孤立したところで内地と同じような状況になっているのは、シカの捕獲規制が失敗したということなのでしょうか。
羽山 規制は間違っていないと思いますよ。激減した時代があったわけですからね。
坂元 その後に早く解除しなかったというのが問題なのですか。
羽山 うまく統制できなかったのですね。もちろん社会背景もあります。ヤクイヌのブリーダーさんのところにも行ってきたのですが、あのイヌは極めて特殊ですね。毛が短くて密度が低く、耳が直立して大きい。亜熱帯に適応したイヌですね。
坂元 ドールのようですね。
羽山 そう。かつては各集落に何十頭といて、番犬にも猟にも使っていたのですが、今は島全体で60頭だそうです。
坂元 いまはイヌを使った猟は違法ですからね。
羽山 ヤクイヌは調教がいらなくて、人はぜったい噛まないんです。たぶん縄文時代からずっと改良されてきたんでしょうね。
山極 シカ追いに使うのですか?
羽山 シカとサルです。
山極 私の知っているシカ撃ちの猟師がいるんですけど、ヤクイヌを使っているそうですよ。
坂元 可能だったら捕えて殺すんですか?
羽山 そうです。昔の猟はそうですね。いまは島で需要がないから、内地でペットで人気が出てきているそうですよ。
戸川 気性が激しいんじゃないですか?
羽山 子犬のころからちゃんと馴らしておけば、すごくフレンドリーです。吠えないし、噛まないですよ。
坂元 ヤクイヌを対策に活用しようという話はないのですか?
羽山 それはないですね。
坂元 そうか、法改正が必要になりますものね。
山極 昔は猿害対策でイヌにサルを追わせようというのがあったんです。生まれてすぐに山で飼うんです。山に慣れさせてサルを追わせようというのをやろうとしましたけどね。
羽山 いまでもサル追いのイヌは全国で400頭ぐらいいますよ。でも、家庭犬を放し飼いにして追うだけなので、役に立たないですね。群れが隣村に行ってしまうだけなんです。イヌのいない集落が激甚被害地になってしまう。ハンドラーがいないと無理ですね。人とイヌの関係が変わってしまいましたからね。
坂元 愛玩動物だけになりましたからね。
羽山 オオカミの問題以前に、人とイヌの圧力はすごくあったと思うんです。
山極 1970年代に屋久島でサルの調査をしたときに、イヌが道を通るとサルがものすごく怖がって鳴いていましたよ。イヌはサルの天敵だったんですね。いまではサルがイヌをからかうようになっている。
羽山 背中に乗ったりね。ドッグフード食べられたり。
山極 昔はシカが3頭以上群れているのは、ほとんど見ませんでしたねえ。
シカの群れがサルの群れについて行く
羽山 この間はサルとシカの混群を初めて見ましたよ。サルを見つけようと思ったら、シカの群れを見つけるといった具合です。坂元 サルが木から落とした葉っぱのようなものをシカが食べているのですか?
羽山 そうです。サルのフンも食べるんだそうです。
山極 サルのフンには未消化のものが含まれています。シカにとってはまだ食べられるものですからね。
羽山 論文では読んだことがあったけど、初めて見ましたね。
坂元 インドではそうなんですよ。ハヌマンラングールが枝や葉っぱを落として、アキシスジカとかがついて行っているんです。
羽山 そうそう、その論文を読んだんですよ。
山極 シカがハヌマンラングールについて行くんですね。屋久島でもまったく一緒ですね。
坂元 ウシの仲間のニルガイなんかも集まってきますね。ガサガサ樹上でいうと、シカがそっちに行くんですよね。
戸川 トラなどの敵を見つけた時も、上から教えてくれます。
羽山 あれが見られるのは日本では屋久島だけじゃないかなあ。
研究者とNGOが知恵を共有する
坂元 国外への影響も見ながら、手落ちがないよういろんな政策を時間軸に沿って短期的にやって、中長期的にはこれこれをと考えて、実践的な整理が必要ですね。国家戦略は問題意識はあるけれど、そこが抜けています。誰が何をやるのかというのと、具体的にできるようにするための策、この研究をやってもらい、お金をひっぱってくるという戦略を立てる必要がありますね。そして、それを共有しなければならない。NGO間では当然ですが、研究者との共有も必要です。私は今回改めて思ったのですが、もともと日本のNGOは、どんな大きなところでも資源も知恵も限られているのだから、NGO間でそれらを共有しなければ力になりません。けちくさいことは言わずに、互いに分け合って共通の目的のためにやる必要があります。エコツーリズムの問題点
山極 この間、環境省の中央環境審議会野生動物部会で、三陸震災国立公園構想というのが議論されました。おもしろいなと思ったんですが、海岸線沿いに細長く伸びていくつかポイントがある。観光客をバスで乗せていって、歩かせるようにするのだそうです。保全された環境と震災そのものを観光資源として、復興に役立てると。問題は、どのような資本が投じられてどういう施設ができて、それを地元の人がどう活用するかというコンセンサスと知識の共有ができているかということなんですが、心配だなあと思いますね。屋久島でも失敗したんです。それは世界遺産になって、観光ができるということで大企業が乗り込んできた。地元の人たちは小さな旅館業が多くの観光客を受け入れて、やっていけると思っていた。ところが、大きなホテルができて、それも観光船を伴ってくる。サービスの面では太刀打ちできないのです。大きな観光業者は、屋久島で儲からなくてもいいのでダンピングする。普通の旅館だと食事も作り、それなりのサービスもしなければいけない。地元の小さな旅館ではすぐやりくりが難しくなる。入れ込み客が増えるとトイレの問題や、汚染の問題、トランスポートの問題、ネイチャートレイルだって、何万と人が来ると傷むでしょう。それを誰が直すのかという問題など、トラブルが続出したのです。多くのところが潰れてしまいました。いま自炊可能な素泊まり民宿が流行っているそうです。部屋だけあって、温泉があるからお風呂もなくてもいいとか。旅館のほうで何も手がかからないところが増えています。それで大きなホテルとの住み分けを図っています。大型観光が増えたことと、エコツアーガイドが200人以上いますが、ほとんど外から来た人です。地元に知識も伝わっていかないし、利益も還元されないという問題があります。エコツーリズム推進法が2007年にできて、エコツーリズムの構想は地元のエコツーリズム協議会が作るという法律になったわけです。市町村と民間が協力しながらです。でも話し合って規制を作ろうということになると、利益が優先されてつぶれてしまう。
坂元 総量規制的なことはできているんですか?
羽山 山の中には避難小屋しかないですから、本当だったらそこをキャパにしたらいいんですが、夏はテントをOKにしてしまいましたからね。この季節は満員で小屋に入れないんですよ。
坂元 湿地は大丈夫なんですか?
羽山 もう田んぼですよ。シカだらけで。人間は木道ができたので規制しましたけどね。
坂元 高層湿地はきれいでしたけどね。
羽山 田植えができそうなくらいですよ。
坂元 屋久島は、イノシシはいないんですよね。
羽山 昔はいたらしくて、化石が出てきます。縄文時代の骨が出てきますが、火砕流で絶滅したと言われています。
山極 もともとタヌキもいなかったんだけど、持ち込んで増えたらしいですね。
羽山 ウミガメセンターに行ったんですけれど、最大の捕食者はタヌキになっているそうですよ。孵化した稚ガメを夜に食べちゃうのだそうです。砂浜はタヌキの足跡だらけです。
坂元 駆除は行われているのですか?
羽山 やっていますが、シカでさえどうにもならないのに、手が回らないですよ。
山極 タヌキが増えて心配なのは、コイタチが住めなくなるんじゃないでしょうか。昔からコイタチはたくさんいたんですけど、あまり見なくなった。
羽山 対馬もチョウセンイタチが激減しました。たぶん最大の理由はネズミですね。シカやイノシシが増えると藪が無くなるから、ネズミが激減するんですね。それでイタチが減るんです。
山極 なるほど。屋久島もそうかもしれませんね。
ツシマヤマネコの減少傾向
羽山 ついにツシマヤマネコが減り始めましたよ。分布は広がっているのですが。高密度地域が無くなってしまって。坂元 それはやはりネズミが減ったからでしょうか。
羽山 可能性はありますね。まだちゃんとした裏付けのデータはないですが。肉食獣は餌の研究がぜんぜん進んでいないですね。国内のデータがほとんどないですね。
坂元 イリオモテヤマネコは琉球大がぼちぼちやっています。区画を仕切って、どれくらいの密度でヤマネコが食べるカエルやコオロギ、どの種がどれくらいいるかなどをしらべています。
羽山 西表はやりやすいですね。
山極 イリオモテヤマネコの出現頻度などもわかっているのですか?
坂元 内陸のほうはあまり正確ではないですね。
山極 どのように調べるのですか?
坂元 低地部はモニタリングポイントを20数か所置いて、定住個体をモニタリングしています。
羽山 縄張りの面積がだいたいわかっていますからね。
坂元 それで低地部はだいたいわかっています。
羽山 個体識別ができますからね。
坂元 内陸のほうは、低地部のおそらく2割ぐらいだろうと推測されています。
羽山 対馬は、もう持たないですよ。本当に禿山ですからね。県道ですら崖崩れが頻発しています。
坂元 ツシマヤマネコでも子ジカを襲うのは無理ですか?
羽山 襲わないでしょうね。カモが最大ですかね。カルガモは食べています。
坂元 イリオモテヤマネコはウリボウだと襲うことがあるようですね。子ジカは背が高いですからね。
坂元 イリオモテヤマネコはウリボウだと襲うことがあるようですね。子ジカは背が高いですからね。
坂元 大した圧力にはならないですね。
羽山 死体は食べていますけどね。対馬ではシカとイノシシで年間1万2千頭以上獲っていますよ。ほとんどがイノシシですけどね。
坂元 上島と下島ではどちらが多いですか?
羽山 獲るのは下島のほうが多いですね。上島はハンターがほとんどいなくなりましたから、それで爆発しちゃったんですね。
坂元 ツシマヤマネコは基本的に上島ですよね。
羽山 だから困っているんです。
坂元 ツシマヤマネコの再導入の前に、ハンターの導入が必要になりそうですね。
羽山 もともと少ないのでね。
坂元 ガバメント・ハンターでないと難しそうですね。
最後に山極先生のワイルドライフサイエンス分科会のお話ですが。
山極 日本学術会議の統合生物学委員会の中の分科会です。
坂元 ぜひ長期的展望に立ちつつ、短期的な対策を提言できるような動きの先鞭をつけるようなシンポジウムなどをしたいですね。
(終)
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